呻吟語 / 内篇・修身・心を大にし虛にし平にし潛め定む
大其心容天下之物,虛其心受天下之善,平其心論天下之事,潛其心觀天下之理,定其心應天下之變。
新字:大其心容天下之物,虚其心受天下之善,平其心論天下之事,潜其心観天下之理,定其心応天下之変。
書き下し
其の心を大にして天下の物を容れ、其の心を虛にして天下の善を受け、其の心を平にして天下の事を論じ、其の心を潛めて天下の理を觀、其の心を定めて天下の變に應ず。
現代語訳
心を大きくして天下の物を容れ、心を空にして天下の善を受け、心を平らにして天下の事を論じ、心を沈めて天下の理を観、心を定めて天下の変化に応じます。
解説
心の使い方を五つの動詞で並べた、呻吟語でも有名な一段です。容れる時は大きく、受ける時は空に、論じる時は平らに、観る時は沈め、応じる時は定める。場面ごとに心の形が変わっている点が肝で、いつも同じ構えでいればよいとは言っていません。何をしようとしているかによって、心をどう整えるかが決まる。実に実用的な五つの構えです。
この章句が説くこと
心度量虚心平心定心
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