慎思録 / 巻之五
天生蒸民。有物有則。葢有一物。必有一物之則。物字朱子以事字訓之。是就蒸民必有上說。故物字指人事。其實事物皆有天然之則。如有耳目則有聰明之德。所謂則也。則者何也。葢則者人之所當行。乃是事物當然之理也。
新字:天生蒸民。有物有則。葢有一物。必有一物之則。物字朱子以事字訓之。是就蒸民必有上説。故物字指人事。其実事物皆有天然之則。如有耳目則有聰明之徳。所謂則也。則者何也。葢則者人之所当行。乃是事物当然之理也。
書き下し
天、蒸民を生ず、物有れば則有り。蓋し一物有れば、必ず一物の則有り。物の字、朱子は事の字を以て之を訓ず。是れ蒸民の必ず有る上に就きて説く。故に物の字は人事を指す。其の実は事物皆天然の則有り。耳目有れば則ち聡明の徳有るが如き、所謂則なり。則とは何ぞや。蓋し則とは人の当に行ふべき所、乃ち是れ事物当然の理なり。
現代語訳
「天が多くの民を生んだ、物があれば必ず法則がある」。そもそも一つの物があれば、必ずその物の法則があります。物の字を、朱子は事の字で解釈しました。これは民に必ず備わるものについて説いたので、物の字は人の事柄を指すのです。しかし実際には、事と物のすべてに自然の法則があります。耳や目があれば、よく聞きよく見る徳があるというのが、いわゆる則です。則とは何か。則とは人が行うべきこと、すなわち事物の当然の理なのです。
解説
「天、蒸民を生ず、物有れば則有り」は『詩経』大雅・烝民の句で、『孟子』告子上で性善を論じる際に引かれます。朱子は『孟子集注』などで物を事と解しましたが、益軒は、人事に限らず天地の事物すべてに自然の則があると広げて読みます。耳目の聡明の例は、身体に備わる働きにもあるべき姿があることを示します。朱子学の「当然の理」とは、物事がそうあるべき筋道のことです。仕事にも道具にも人間関係にも、それぞれにふさわしいあり方がある。それを見つけて従うことが学びだと教えてくれます。
この章句が説くこと
理則事物朱子詩経
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