呻吟語 / 内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權
公卿爭議於朝,曰天子有命,則屏然不敢屈直矣;師儒相辯於學,曰孔於有言,則寂然不敢異同矣。故天地間,惟理與勢為最尊,雖然,理又尊之尊也。廟堂之上言理,則天子不得以勢相奪,即相奪焉,而理則常伸於天下萬世。故勢者,帝王之權也;理者,聖人之權也。帝王無聖人之理,則其權有時而屈。然則理也者,又勢之所恃以為存亡者也。以莫大之權無僭竊之禁,此儒者之所不辭而敢於任斯道之南面也。
新字:公卿争議於朝,曰天子有命,則屏然不敢屈直矣;師儒相弁於学,曰孔於有言,則寂然不敢異同矣。故天地間,惟理与勢為最尊,雖然,理又尊之尊也。廟堂之上言理,則天子不得以勢相奪,即相奪焉,而理則常伸於天下万世。故勢者,帝王之権也;理者,聖人之権也。帝王無聖人之理,則其権有時而屈。然則理也者,又勢之所恃以為存亡者也。以莫大之権無僭窃之禁,此儒者之所不辞而敢於任斯道之南面也。
書き下し
公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
現代語訳
公卿が朝廷で議論しているとき、天子の命がある、と言えば、皆押し黙ってあえて曲直を争いません。師や儒者が学問の場で論じ合っているとき、孔子の言葉がある、と言えば、しんとしてあえて異を唱えません。ですから天地のあいだで、ただ理と勢が最も尊いのです。とはいえ理は、尊いものの中でさらに尊い。朝廷の上で理を言えば、天子も勢いで奪うことができません。たとえ奪ったとしても、理は常に天下万世に伸びます。ですから勢いは帝王の権であり、理は聖人の権です。帝王に聖人の理がなければ、その権はいつか屈します。であれば理というものは、勢いがそれに頼って存亡を決めるものでもあります。この上ない権でありながら、それを僭称して盗むことを禁じる法がありません。これが儒者が辞退せずに、あえてこの道の南面の座を引き受ける理由です。
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