呻吟語 / 内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり
先天,理而已矣;後天,氣而已矣;天下,勢而已矣;人情,利而已矣。理一,而氣、勢、利三,勝負可知矣。
新字:先天,理而已矣;後天,気而已矣;天下,勢而已矣;人情,利而已矣。理一,而気、勢、利三,勝負可知矣。
書き下し
先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
現代語訳
先天にあるのは理だけです。後天にあるのは気だけです。天下を動かすのは勢いだけです。人の情を動かすのは利だけです。理は一つで、気と勢いと利は三つあります。どちらが勝つかは分かるでしょう。
解説
正しさが現実に負ける理由を、数で示した恐ろしい一段です。理は一つしかないのに、気と勢いと利は三つある。三対一では勝てない。理想が敗れるのを人の心の弱さのせいにせず、構造上そうなっていると言い切ります。それでも理を捨てよとは言いません。勝ち目の薄さを知ったうえで立てということです。負けを承知で立てるかどうかが、ここで問われています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
理勢利現実勝負
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『呻吟語』内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
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『童子問』卷中問ふ、理の字何の故に生生化化の原と為すに足らざるか。曰く、理は本死字なり。物に在りて物を宰すること能はず。生物に在りては生物の理有り、死物には死物の理有り。人には則ち人の理有り、物には則ち物の理有り。然れども一元の気之が本と為りて、理は則ち気の後に在り。故に理は以て万化の枢紐と為すに足らざるなり。万物は五行に本づき、五行は陰陽に本づく。再び推して陰陽の然る所以に至れば、則ち之を理に帰せざること能はず。既に理に帰すれば、則ち自ら虚無に陥らざること能はず。所謂万法一に帰す、一何れの所にか帰す、是れなり。此れ常識の必ず此に至る所以にして、聖人と自ら相違ふなり。惟だ聖人のみ能く天地の一大活物にして、理の字を以て之を尽くすべからざることを識る。故に彖に之を賛して曰く、大いなるかな乾元、至れるかな坤元と。至れり尽くせり。若し天地の真に活物なることを知らば、汝に許す、即身即ち伏犠なることを。