慎思録 / 巻之五
山谷詩曰。深念煩隣里。忍窮禁貸賖。愚謂。忍窮一事。大凡丈夫之所宜守也。今人往往不能忍貧窮。妄爲貸賖而不償。取他人之財。而爲自家奢侈之助。與掠奪何異。擧世如此。習而成俗。可歎哉。善理財者。專務儉薄。而禁乞假。是良法也。好乞假。是困窮之所由起也。
新字:山谷詩曰。深念煩隣里。忍窮禁貸賖。愚謂。忍窮一事。大凡丈夫之所宜守也。今人往往不能忍貧窮。妄為貸賖而不償。取他人之財。而為自家奢侈之助。与掠奪何異。挙世如此。習而成俗。可嘆哉。善理財者。専務倹薄。而禁乞仮。是良法也。好乞仮。是困窮之所由起也。
書き下し
山谷の詩に曰く、深く隣里を煩はさんことを念ひ、窮を忍びて貸賖を禁ず、と。愚謂ふ、窮を忍ぶの一事は、大凡丈夫の宜しく守るべき所なり。今人往往貧窮を忍ぶこと能はず、妄りに貸賖を為して償はず。他人の財を取りて、自家の奢侈の助けと為す。掠奪と何ぞ異ならん。世を挙げて此くの如く、習ひて俗を成す。歎ずべきかな。善く財を理むる者は、専ら倹薄を務めて乞仮を禁ず。是れ良法なり。乞仮を好むは、是れ困窮の由りて起こる所なり。
現代語訳
黄山谷の詩に「隣近所に迷惑をかけることを深く思い、貧しさに耐えて借金や掛け買いをしない」とあります。私が思うに、貧しさに耐えるという一事は、およそ一人前の男子が守るべきことです。今の人はしばしば貧しさに耐えられず、みだりに借金や掛け買いをして返しません。他人の財を取って自分のぜいたくの助けにしています。略奪と何が違いましょうか。世を挙げてこのようで、習いとなって風俗になっています。嘆かわしいことです。財をうまく治める者は、ひたすら倹約に努めて借り入れをしません。これはよい方法です。借り入れを好むことこそ、困窮の起こるもとなのです。
解説
山谷は北宋の詩人黄庭堅の号です。益軒は、見栄やぜいたくのために借金を重ね、返さない風潮を「掠奪と何ぞ異ならん」と厳しく批判します。元禄以降、町人文化の華やぎとともに武士も町人も借財に苦しむことが多くなりました。益軒は倹約を財政の基本とし、借りる習慣そのものが困窮の原因だと言います。現代でも、収入以上の暮らしを借金で支えることが生活を破綻させる例は後を絶ちません。貧しさを恥じるより、身の丈に合わない消費を恥じるべきだという教えです。
この章句が説くこと
倹約財借金貧節度
関連する章句
-
『正法眼蔵随聞記』巻三亦示して云く、衲子の用心は仏祖の行履を守るべし、第一には先つ財宝を貪ほるへからす、其の故は如来の慈悲深重なること、喩へを以ても量り難し、然あるに彼の所為行履皆是れ衆生の為なり、一微塵計りも衆生の為に利益ならさるべき事を行はせ給はす、其の故は仏は是れ輪王太子にてましませば、即位し給ひて一天をも御意にまかさせたまひ、宝を以て弟子を憐れみ、所領を以て弟子をはごくみ給ふべきに、何に故に位を捨てゝ自ら乞食を行し給ふや是れ決定末世の衆生の為にも、弟子の行道のためにも、利益となる因縁あるへき故に、財宝を貯へす、乞食を行しおき給へり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三貧ふして道を思ふは先賢古聖の仰ぐ所、諸仏諸祖の喜ぶ所ろなり、近来仏法の衰微しゆくこと眼前にあり、余始て建仁寺に入りし時見しと、後七八年過て見しと、次第にかはりゆくことは、寺の寮寮に塗籠をおき、各各器物を持し、美服を好み、財物を貯へ、放逸の言語を好み、問訊礼拝等の衰微することを以て思ふに、余所も推察せらるゝなり、仏法者は衣盂の外に財宝等を一切持べからず、なにを置んが為に塗籠をしつらふべきぞ、
-
論語・学而篇子貢曰く、「貧しくして諂うこと無く、富みて驕ること無きは如何。」子曰く、「可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には若かざるなり。」子貢曰く、「詩に云う、『切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如し』と。其れ斯を之謂うか。」子曰く、「賜や、始めて与に詩を言う可きのみ。諸に往を告げて来を知る者なり。」
-
『正法眼蔵随聞記』巻三人にかくすほどの物をばもつべからざるなり、盗賊等を怖るゝ故にこそかくし置んと思へ、捨て持たざれば還てやすきなり、人をば殺すとも人には殺されじと思ふ時こそ、身も苦しく用心もせらるれ、人は我れを殺すとも、我れは報を加へじと思ひ定めつれば、用心もせられず、盗賊も愁へられざるなり、時として安楽ならずと云ふことなし、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三夜話に云く、学道の人は最も貧なるべし、世人を見るに、財ある人はまづ嗔恚耻辱の二つの難定めて来るなり、宝あれば人是を奪ひ取らんと思ふ、我は取られじとする時、嗔恚たちまちに起る、或は是を論じて問答対決に及び、つゐには闘争合戦をいたす、かくの如くのあひだに嗔恚も起り、恥辱も来るなり、貧にして貪ぼらざる時は、先づ此の難を免れて安楽自在なり、證拠眼前なり、教文を待べからず、爾のみならず、古聖先賢是を謗り、諸天仏祖皆な是を恥かしむ、然あるに愚癡なる人は財宝を貯へ、そこばくの嗔恚をいだくこと、恥辱の中の恥辱なり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三爾りしこのかた、天竺漢土の祖師の、よきと人にも知られしは、みな貧窮乞食なさしめ給ふなり、況や我が門の祖師、皆な財宝を貯ふべからずとのみ勧むるなり、教家にも此宗を讃するには、先つ貧をほめ、伝来の書録にも貧を記してほむるなり、いまた財宝に富み、豊かにして仏法を行するとは聞かず、皆よき仏法者と云ふは、或は布納衣常乞食なり、禅門をよき宗と云ひ、禅僧を他に異なりとする初の興りは、むかし教院律院等に雑居せし時にも、身を捨てゝ貧人なるを以てなり、宗門の家風先つ此のことを存知すへし、聖教の文理を待つべきにあらす、