正法眼蔵随聞記 / 巻三
人にかくすほどの物をばもつべからざるなり、盜賊等を怖るゝ故にこそかくし置んと思へ、捨て持たざれば還てやすきなり、人をば殺すとも人には殺されじと思ふ時こそ、身も苦しく用心もせらるれ、人は我れを殺すとも、我れは報を加へじと思ひ定めつれば、用心もせられず、盜賊も愁へられざるなり、時として安樂ならずと云ふことなし、
新字:人にかくすほどの物をばもつべからざるなり、盗賊等を怖るゝ故にこそかくし置んと思へ、捨て持たざれば還てやすきなり、人をば殺すとも人には殺されじと思ふ時こそ、身も苦しく用心もせらるれ、人は我れを殺すとも、我れは報を加へじと思ひ定めつれば、用心もせられず、盗賊も愁へられざるなり、時として安楽ならずと云ふことなし、
書き下し
人にかくすほどの物をばもつべからざるなり、盗賊等を怖るゝ故にこそかくし置んと思へ、捨て持たざれば還てやすきなり、人をば殺すとも人には殺されじと思ふ時こそ、身も苦しく用心もせらるれ、人は我れを殺すとも、我れは報を加へじと思ひ定めつれば、用心もせられず、盗賊も愁へられざるなり、時として安楽ならずと云ふことなし、
現代語訳
人に隠すほどの物を持ってはならないのである。盗賊などを恐れるからこそ隠しておこうと思うのである。捨てて持たなければ、かえって安らかである。人は殺しても自分は殺されまいと思う時こそ、身も苦しく用心もするのである。人は自分を殺しても、自分は報復を加えまいと思い定めてしまえば、用心もせずにすみ、盗賊も愁えとはならないのである。どんな時も安楽でないということがない。
解説
持たないことの利を、防御の要不要から説く。隠すべき物があるから盗賊が恐ろしく、守るべき命を計算するから用心が要る。報復しないと決めてしまえば身構える必要が消えるという運びで、安全の確保を放棄しているように見えて、実は不安の源を断っている。前条の因果の観察が、さらに一歩進められた形である。守る物の数だけ、心配が増える。
この章句が説くこと
貧所有安楽用心盗賊報復
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