慎思録 / 巻之五
通鑑曰。司馬昭殺嵇康。康甞詣隱者孫登。登曰。子才多識寡。難乎免於今之世。胡氏論唐劉文靜曰。其材智雖高。而識量淺矣。篤信謂。才與識不同。看此二說。亦可知矣。識卽知識也。
新字:通鑑曰。司馬昭殺嵇康。康甞詣隠者孫登。登曰。子才多識寡。難乎免於今之世。胡氏論唐劉文静曰。其材智雖高。而識量浅矣。篤信謂。才与識不同。看此二説。亦可知矣。識即知識也。
書き下し
通鑑に曰く、司馬昭、嵆康を殺す。康嘗て隠者孫登に詣る。登曰く、子は才多くして識寡し、今の世に免るること難きかな、と。胡氏、唐の劉文静を論じて曰く、其の材智高しと雖も、識量浅し、と。篤信謂ふ、才と識とは同じからず。此の二説を看て、亦知るべし。識は即ち知識なり。
現代語訳
『資治通鑑』にこうあります。司馬昭が嵆康を殺した。嵆康はかつて隠者の孫登を訪ねた。孫登は「あなたは才能は多いが見識が少ない。今の世で災いを免れるのは難しいでしょう」と言った。胡氏は唐の劉文静を論じて「その才知は高いが、見識と度量は浅い」と言いました。私篤信が思うに、才と識とは同じではありません。この二つの説を見れば、それがわかります。識とはすなわち知識のことです。
解説
嵆康は竹林の七賢の一人で、才気にあふれながら権力者の司馬昭ににらまれて刑死しました。劉文静も唐の建国に功がありながら処刑された人物です。益軒は二人の例から、才能の高さと物事を見通す見識とは別物だと説きます。篤信は益軒の名です。才は目立ちますが、身を保ち事を成すのは識のほうだというのが朱子学の人物論でした。今でも、優秀なのに周囲と衝突して失脚する人は少なくありません。自分の才を磨くだけでなく、時勢や人を見る目を養うことの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
才識知識人物見識
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