墨子 / 貴義
子墨子曰:今瞽曰「鉅者,白也。黔者,黒也」,雖眀目者無以易之。兼白黒,使瞽取焉,不能知也。故我曰瞽不知白黒者,非以其名也,以其取也。今天下之君子之名仁也,雖禹湯無以易之。兼仁與不仁,而使天下之君子取焉,不能知也。故我曰天下之君子不知仁者,非以其名也,亦以其取也。
新字:子墨子曰:今瞽曰「鉅者,白也。黔者,黒也」,雖明目者無以易之。兼白黒,使瞽取焉,不能知也。故我曰瞽不知白黒者,非以其名也,以其取也。今天下之君子之名仁也,雖禹湯無以易之。兼仁与不仁,而使天下之君子取焉,不能知也。故我曰天下之君子不知仁者,非以其名也,亦以其取也。
書き下し
子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
現代語訳
墨子が言った。いま目の見えない者が「白いものは白、黒いものは黒だ」と言う。目の見える者でもその言い方を変えようがない。しかし白いものと黒いものを混ぜて置き、その者に選び取らせれば、分けることができない。だから私は言う。目の見えない者が白黒を知らないのは、その名を知らないからではなく、選び取れないからだ、と。いま天下の君子が仁を定義すれば、禹や湯でもその言い方を変えようがない。しかし仁と不仁を混ぜて置き、天下の君子に選び取らせれば、分けることができない。だから私は言う。天下の君子が仁を知らないのは、その名を知らないからではなく、選び取れないからだ、と。
解説
この章句が説くこと
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