呻吟語 / 内篇・存心・知識は、帝則の賊なり
知識,帝則之賊也。惟忘知識以任帝則,此謂天真,此謂自然。一著念便乖違,愈著念愈乖違。乍見之心歇息一刻,別是一個光景。
書き下し
知識は、帝則の賊なり。惟だ知識を忘れて以て帝則に任ず、此れを天真と謂ひ、此れを自然と謂ふ。一たび念を著くれば便ち乖違し、愈〻念を著くれば愈〻乖違す。乍ち見るの心一刻歇息すれば、別に是れ一個の光景なり。
現代語訳
知識は、天の法にとっての盗人です。ただ知識を忘れて天の法に任せる、これを天真と言い、これを自然と言います。ひとたび思いを凝らせば食い違い、思いを凝らせば凝らすほど食い違います。ふと見たときの心が一刻でも休めば、まるで別の景色になります。
解説
知識が天の法を盗むものとして扱われます。学問の書としては大胆な言い方です。ただし知識そのものを捨てよという話ではなく、思いを凝らすほど本来の反応から離れる、という指摘が中心です。孟子の、乍ち孺子の井に入らんとするを見る、の心が引かれ、その最初の反応が一刻でも途切れると景色が変わると言われます。考える前の心を守れ、という一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
知識帝則天真乍見思慮
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