正法眼蔵随聞記 / 巻二
其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覺ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く內外典を學し、剩さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み學し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、學道のため眞實に無用なり、知りたるを知らざる氣色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる氣色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
新字:其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
書き下し
其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
現代語訳
それを、物を知らないのは悪いと人も思い、愚か者だと自分でも思われることを嫌がって、物を知ろうとして広く内外の典籍を学び、あまつさえ世間世俗の事をも知ろうと思って諸事を好んで学び、あるいは人にも知っている旨をふるまってみせるのは、きわめて僻事である。学道のためには真実に無用である。知っているのを知らない素振りをするのも、面倒でわざとらしいので、かえって当てつけがましく見えて悪いのである。もとより知らないのは、差し支えのないことである。
解説
この章句が説くこと
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、師問衆、何れも学文は詮無きことに思はるゝと見えたり。乍去その志は、先つ物知りと云はれ度もなし。又大地の住持役せんずでもなし又是に仍て成仏せんでもなし。只念仏申して菩提を勤めたるか、增しと思ふ計なるべし。但し又別の思はく有る人も有りや。時に一僧曰く、文字言句は道理に落ちて、胸中塞る間、万劫千生、胸の開ると云ふことあるべからずと存ず。又一僧曰く、仏法を余所に習ひ事に仕りし機、病と成る故に、今御教を承れとも、何としても余所仏法に成り、十分に聞得ぬ位有り、習ひ事の病と成ること慥に覚えて、いやに候也。
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『都鄙問答』卷之四・或人天地開闢ノ說ヲ譏ノ段一度我に疑ひ晴るることありて、後に味はふべき所なり。然るに今の世の人、文字に泥み、色々に作為するゆへに、昏々然と闇く、古人の心を知らざるゆへに、和漢ともに、文学他に勝れば、此れを徳と思ひ、我を伐る者多し。文学に伐る者を喩へて云はば、衆人の財宝をたくらべて、彼は劣れり、我は勝れりと伐るに同じ。学者に於ては、恥づべきことの第一なり。如何となれば、財宝も、かせぎ設けて吝くすれば溜る者なり。文字も其の如く、年を重ねて油断なく学べば、他より勝れる者なり。其の中に記憶能くして多く記すは、衆人の中に、仕合せ能く富めるが如し。又学者も、文字を読むのみにては、聖人の意味、神書の奥深き所知らるべきに非ず。然るに文字を滞りなく読めば、此の外も有るまじと思ふべきが、
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『政談』御藏書籍の事惣じて御蔵の御書物は儒者どもに望み次第に御貸しあるべきことなり、書籍は外の物と変りて兼て見置かずしては急に用にたゝぬものなり、御蔵につめ置かれても見る人なければ、反古を積置きたると同然なり、虫に食せて棄てんは惜しきこと甚し、外のもの武具にても皆取出して用ゆれは早速用に立つ、書物は夫とは違ふことなり、
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『養生訓』巻第一・総論上一人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず、知慮いまだ開けず。古今にうとくして世変になれず、言あやまり多く、行悔多し。人生の理も楽もいまだ知らず。五十にいたらずして死するを夭といふ。是亦不幸短命と云ふべし。長生すれば楽多く益多し。日々にいまだ知らざる事を知り、日々にいまだ能せざる事をよくす。この故に、学問の長進する事も、知識の明達なる事も、長生せざれば得がたし。ここを以て養生の術を行ひ、いかにもして天年をたもち、五十歳をこえ、成るべきほどは、弥長生して六十以上の寿域に登るべし。古人長生の術ある事をいへり。又人の命は我にあり天にあらずともいへれば、此術に志だにふかくば、長生をたもつ事、人力を以ていかにもなし得べき理あり。うたがふべからず。只気あらくして、慾を恣にしてこらへず、慎なき人は、長生を得べからず。
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『君子訓』巻之上一学問は、身を修め人を治むるを有用の学とす。是真の学問なり。もし左もなくて、文字を知るを以て学問とおもひ、多く聞き多く見るに博学多識なりとも、何の益もなき無用の学なるべし。故に唯有用の学を務むべし、無用の学をなすべからず。
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『童子問』卷下問ふ、蔡氏の書伝に載する所の渾天儀の制。曰く、知らざるなり。問ふ、春秋の春王正月の弁。曰く、知らざるなり。童子云ふ、聞く、先生幼より心を経学に留むと。今此の二事に於て知らざる者は、何ぞや。曰く、学に本有り末有り。必ず知らざるべからざる者有り。知るを必せざる所に在る者有り。学術・政体・己を修め人を治むるの術のごときは、是れ本にして必ず知らざるべからず。其の他、進んでは以て人を治むるに足らず、退いては以て己を修むるに足らざる者は、之を知らずと雖も害無し。渾天儀の制は、是れ有司の掌る所。春王正月の弁も、亦学術に益無し。故に左氏も亦伝へず。大凡支干・孤虚・旺相・律呂・隔八相生の属、皆然り。之を陰陽数学を好む者に附して可なり。儒者の先務に非ず。今世の小子、学を為むるの法を知らず。区区として心を此れ等の細務に留む。甚だ不可なり。

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