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慎思録 / 巻之五

天下無全才。長于此者短于彼。勿求備于一人。如惡其所短。而忘其所長。是爲棄才。故用人。不廢一善。不捨一才。然依奸凶惡者。雖有才能。亦君子之所不容也。凡人之禀性也。短於才者。或長於德。豐於才者。多歉於德。長於此。則短於彼。能於此。則拙於彼。中人以下之資皆然。不可以其長處信其短處。不可以其短處捨其長處。故取人者。用其所長而恕其所短。所以天下無棄才也。且有才高而識暗者。有才鈍而識明者。不可不察。夫才者。人之所愛。德者。人之所憚。古來佞人多擧用。正人多沈淪。以是也。

新字:天下無全才。長于此者短于彼。勿求備于一人。如悪其所短。而忘其所長。是為棄才。故用人。不廃一善。不捨一才。然依奸凶悪者。雖有才能。亦君子之所不容也。凡人之禀性也。短於才者。或長於徳。豊於才者。多歉於徳。長於此。則短於彼。能於此。則拙於彼。中人以下之資皆然。不可以其長処信其短処。不可以其短処捨其長処。故取人者。用其所長而恕其所短。所以天下無棄才也。且有才高而識暗者。有才鈍而識明者。不可不察。夫才者。人之所愛。徳者。人之所憚。古来佞人多挙用。正人多沈淪。以是也。

書き下し

天下に全才無し。此に長ずる者は彼に短なり。備はるを一人に求むること勿かれ。如し其の短なる所を悪みて、其の長ずる所を忘れば、是れ才を棄つと為す。故に人を用ゐるに、一善を廃せず、一才を捨てず。然れども奸凶悪に依る者は、才能有りと雖も、亦君子の容れざる所なり。凡そ人の禀性や、才に短なる者は、或いは徳に長じ、才に豊かなる者は、多く徳に歉く。此に長ずれば、則ち彼に短なり。此に能くすれば、則ち彼に拙なり。中人以下の資は皆然り。其の長処を以て其の短処を信ずべからず。其の短処を以て其の長処を捨つべからず。故に人を取る者は、其の長ずる所を用ゐて其の短なる所を恕す。天下に棄才無き所以なり。且つ才高くして識暗き者有り、才鈍くして識明らかなる者有り。察せざるべからず。夫れ才は、人の愛する所、徳は、人の憚る所なり。古来佞人多く挙用せられ、正人多く沈淪するは、是を以てなり。

現代語訳

天下に完全な人材はいません。こちらに長じる者は、あちらに短いものです。一人にすべてがそろうことを求めてはいけません。短所を嫌って長所を忘れるなら、それは人材を捨てることです。だから人を用いるには、一つの善も捨てず、一つの才も捨てません。ただし、邪悪な心に立つ者は、才能があっても君子の受け入れないところです。およそ人の生まれつきは、才に乏しい者はかえって徳にすぐれ、才に富む者は多く徳に欠けます。こちらに長じればあちらに短く、こちらができればあちらが拙いものです。中程度以下の資質の人はみなそうです。長所があるからといって短所まで信用してはならず、短所があるからといって長所を捨ててはなりません。だから人を取る者は、長所を用いて短所を許します。これが天下に捨てられる人材がない理由です。また才が高くても見識の暗い者、才は鈍くても見識の明るい者がいます。よく見なければなりません。そもそも才は人に好まれ、徳は人にはばかられるものです。昔から口のうまい者が多く取り立てられ、正しい人が多く埋もれてきたのはこのためです。

解説

前条を受け、益軒は人を見る目をさらに細かくします。全き人はいないので長所で用いること、ただし奸悪な者は例外であること、才と徳はしばしば反比例すること、そして才と識見は別物であることです。『論語』微子の「備はるを一人に求むる無かれ」が下敷きにあります。末尾の、才は好かれ徳は煙たがられるから佞人が出世するという観察は鋭く、人事に携わる人への警告になっています。採用や昇進で、目立つ能力だけでなく判断力や誠実さを別に見る必要を教えてくれます。

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