慎思録 / 巻之五
人之有道也。飽食煖衣。逸居而無小補於世。則天地之間。蠢然一物而已。豈可不自恥乎。人資天地生育之德而生焉。是誠罔極之恩也。須要知所以報德。苟不知所以報之。此則天地之不肖子。可謂頑愚之人也。然則何以報德。曰。存仁心。是乃所以報天地之德也。存仁心者。即是所以厚人倫愛品物也。
新字:人之有道也。飽食煖衣。逸居而無小補於世。則天地之間。蠢然一物而已。豈可不自恥乎。人資天地生育之徳而生焉。是誠罔極之恩也。須要知所以報徳。苟不知所以報之。此則天地之不肖子。可謂頑愚之人也。然則何以報徳。曰。存仁心。是乃所以報天地之徳也。存仁心者。即是所以厚人倫愛品物也。
書き下し
人の道有るや、飽食煖衣し、逸居して世に小補無ければ、則ち天地の間、蠢然たる一物のみ。豈に自ら恥ぢざるべけんや。人は天地生育の徳に資りて生ず。是れ誠に罔極の恩なり。須らく徳に報ゆる所以を知るを要すべし。苟も之に報ゆる所以を知らざれば、此れ則ち天地の不肖の子にして、頑愚の人と謂ふべし。然らば則ち何を以て徳に報いん。曰く、仁心を存す。是れ乃ち天地の徳に報ゆる所以なり。仁心を存すとは、即ち是れ人倫を厚くし品物を愛する所以なり。
現代語訳
人として道があるとはいっても、腹いっぱい食べ暖かい衣を着て、安楽に暮らしながら世の中に少しの役にも立たないなら、天地の間にうごめく一つの物にすぎません。どうして自ら恥じずにいられましょうか。人は天地が生み育てる徳によって生まれてきました。これはまことに限りない恩です。その徳に報いる方法を知らなければなりません。もし報いる方法を知らないなら、それは天地の不肖の子であり、頑なで愚かな人というべきです。では何によって徳に報いるのか。仁の心を保つことです。これこそが天地の徳に報いる方法です。仁の心を保つとは、人の間の道を厚くし、あらゆる物を愛することにほかなりません。
解説
益軒は、衣食に満ち足りて世に何も返さない生き方を「うごめく一物」と厳しく言い、天地から受けた生を恩として捉えます。冒頭は『孟子』滕文公上の「飽食煖衣、逸居して教へ無ければ禽獣に近し」を踏まえた言い方です。報恩の中身を仁心とし、それを人倫を厚くし物を愛することと具体化するのが益軒らしいところで、晩年の『大和俗訓』などにも通じる天地報恩の思想です。仕事でも、恵まれた環境を当然とせず、受けたものを周りに返す働き方を問い直す手がかりになります。
この章句が説くこと
仁報恩天地恥人倫
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