慎思録 / 巻之四
處老死之道。離九三。及程傳本義。漢文帝周明帝遺詔。可參攷。淵明所謂聊乘化以歸盡。樂夫天命又奚疑者。亦是此意耳。孟子曰。君子行法以俟命而巳矣。程子曰。行法俟命者。朝聞道夕死可矣之意也。此學者平日所豫當講明也。
新字:処老死之道。離九三。及程伝本義。漢文帝周明帝遺詔。可参攷。淵明所謂聊乗化以帰尽。楽夫天命又奚疑者。亦是此意耳。孟子曰。君子行法以俟命而巳矣。程子曰。行法俟命者。朝聞道夕死可矣之意也。此学者平日所予当講明也。
書き下し
老死に処するの道は、離の九三、及び程伝本義、漢文帝周明帝の遺詔、参攷すべし。淵明の所謂聊か化に乗じて以て尽くるに帰し、夫の天命を楽しみて又奚ぞ疑はん、と云ふ者も、亦た是れ此の意のみ。孟子曰く、君子は法を行ひて以て命を俟つのみ、と。程子曰く、法を行ひて命を俟つとは、朝に道を聞かば夕に死すとも可なりの意なり、と。此れ学者の平日に豫め当に講明すべき所なり。
現代語訳
老いと死に処する道については、『易』離の卦の九三と、その程伊川の『易伝』と朱子の『本義』、また漢の文帝と北周の明帝の遺詔を参考にすべきです。陶淵明の言う「しばらく自然の変化に乗って尽きるところに帰り、あの天命を楽しんで、また何を疑おうか」というのも、この意味です。孟子は「君子は正しい道を行って天命を待つだけである」と言い、程子は「道を行って命を待つとは、朝に道を聞けば夕べに死んでもよいという意味である」と言いました。これは学ぶ者が日頃から前もって講じ明らかにしておくべきことです。
解説
老いと死にどう向き合うかを、古典を挙げて示した条です。『易』離卦九三の「日昃くの離、缶を鼓して歌はざれば、則ち大耋の嗟あり」は、日が傾くように老いを迎えたら嘆かずに楽しめという意味に解されます。薄葬を命じた漢の文帝の遺詔、陶淵明「帰去来辞」の結び、『孟子』尽心下の「法を行ひて以て命を俟つ」、『論語』里仁篇の「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」も引かれます。死を恐れず、日頃から正しく生きることで備えよという教えは、最晩年の益軒の覚悟そのものです。
この章句が説くこと
老死天命命道覚悟
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