慎思録 / 巻之四
近世之書生。有自以爲道學者。然往往訓詁之學。以治章句爲勤。不以知道爲志。不能愼思默識。是以雖講習經義年久。然而無自得之效。不能通道。不可爲儒者之學也。
新字:近世之書生。有自以為道学者。然往往訓詁之学。以治章句為勤。不以知道為志。不能慎思黙識。是以雖講習経義年久。然而無自得之効。不能通道。不可為儒者之学也。
書き下し
近世の書生、自ら以て道学と為す者有り。然れども往往にして訓詁の学、章句を治むるを以て勤めと為し、道を知るを以て志と為さず。慎思黙識すること能はず。是を以て経義を講習すること年久しと雖も、然り而して自得の効無く、道に通ずること能はず。儒者の学と為すべからざるなり。
現代語訳
近ごろの書生の中には、自分では道学をしていると思っている者がいます。しかししばしば、字句の注釈の学問や文章の区切りを整えることを勤めとし、道を知ることを志としていません。慎んで思い、黙って心に刻むことができません。そのため経書の意味を講じ習うことが長年にわたっても、自ら会得する成果がなく、道に通じることができません。これは儒者の学問とは言えません。
解説
自分では道学を学んでいるつもりでも、字句の注釈や章句の整理に励むばかりで、道を知ることを志としていない書生を批判した条です。とくに「慎思黙識」、つまり慎重に考え黙って心に刻むことができないから、何年学んでも自得できないと益軒は言います。「慎思」は『中庸』第二十章の「博く学び、審らかに問ひ、慎んで思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ」の一つで、書名『慎思録』の由来でもあります。「黙識」は『論語』述而篇の言葉です。情報を集めるだけでなく、自分の頭で深く考える時間を持つことの大切さを教える一条です。
この章句が説くこと
慎思黙識自得学問道
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