文武訓 / 文訓上之末
一世に、文學なくしてみだりに道を說く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、學なき人に說ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきゝ覺えても、淺近なることは知りやすし。草醫の、近世の名醫の作れる國字書の方書を讀みても、輕き病をばいやすが如し。しかるに、義理の學は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五經以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文學つたなくしては大道に通じがたし。文學なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異國の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文學つたなく經傳にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
新字:一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきゝ覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
書き下し
一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
現代語訳
世には、学問がないのにみだりに道を説く人がいます。孝悌忠信などの道を行うことは、一字も知らない愚かな男女でも、その端々は知りやすく行いやすいものです。ですから、学のない人に説き聞かせるのはよいことです。仮名の書を読み、人の話を聞き覚えても、浅く身近なことは知りやすいものです。それは、町の医者が近世の名医の作った仮名書きの医書を読んでも、軽い病は治せるようなものです。しかし義理の学問は天地人の大道を知ることですから、まず文字を知り、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史や『資治通鑑』など古今のことにも広く通じて、ようやく知ることができるのです。このように広く書を読んでも道を知らない人は多いのです。聖賢の書に通ぜず、学問が拙くては、大道に通じることは難しいのです。学問なしに道を知りがたいのは、たとえば通訳なしに異国の人の言葉に通じがたいようなものであり、また小刀で大きな屋敷を建てようとするようなものです。学問が拙く経伝にくらくては、大道は知りがたいでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』文訓下一文学ひろく、聖賢の書をあまねく読んでも、道を知らざる人古今多し。斯くひろく聖賢の書を読んでは、道を知るべくして知らざるは、志なく聰明なきゆゑなり。文学に通ぜず、聖賢の書を多く読まずして、道を知れらん人は古今これなし。是道理のなき所なり。舟橋なくして海河をわたり、梯なくして高きに登らんとするが如し。近世、種の学問文学をせずして、聖学をせんとするも、文学して義理を知らざるも同じ。たとへば歌学をせずして、和歌のあしき人はあり。歌学なくしてうたよく詠む人はなきが如し。但学問なく、すこし師の口伝をききて、頗心ををさめんとする人あり。是亦聴かざるに遥にまされり。稊稗の熟するは、五穀の熟せざるにまされるが如し。
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『五常訓』巻之一・総論一およそ人となるものは、万物にすぐれ、五常の性を生れつき、道あるものなれども、食を飽くまでくらひ、衣を暖かに著、家をかまへて、身を安くしたるまでにて、道の教なければ、形は人なりといへども、其心、其行は、禽獣に近きこそうらめしけれ。古の聖人、是をうれひ給ひて、学校をたて、師をたてて、人たるの道を教へ学ばしめ給ふ。されば事の急ならざるやうにて、いたりて大切なる事は、学問よりおもきは無し。如何となれば、道はしばらくも離るべからず。人学問なく、道を知らざれば、人の道たたず。人と斯く生れつきたるかひなし。人生ふたたび得がたし。道を学ばずして、空しく過すべからず。ここを以て、朝に道を聞きては、夕に死すとも可なりと聖人ものたまへり。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
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『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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『慎思録』巻之五凡そ事は必ず咨訪して後に明らかなり。故に曰く、問ふことを好めば則ち裕かなり、と。必ず経歴して後に熟す。故に曰く、一事に躓く者は一智を長ず、と。苟も咨訪せずして自ら用ひ、経歴せずして妄りに行へば、亦殆ふいかなと曰ふ。朱子曰く、学は道を知るを以て本と為す。道を知れば則ち学純にして心正し、と。愚謂ふ、是れ学を為すの本旨なり。学者の志を立つる、宜しく此くの如くなるべし。蓋し学は将に以て道を知らんとす。苟も学を為して、道を知るを以て本と為さずんば、博学広聞すと雖も益無く、徒に心思を労するのみ。所謂多しと雖も亦奚を以て為さんといふものなり。夫れ道を知るは固より極めて難し。然れども道を知るを以て志と為さざれば、則ち学を為すこと駁雑にして純一ならず、心を立つること邪僻にして平正ならず。其の本を失ふに因るなり。然らば則ち宏才博聞の人に逾ゆる有りと雖も、儒者の学と為すべからず。百家衆技の流と相同じきを免れず。此れ即ち俗学の習ひにして、亦貴しと為すに足らず。若し乃ち朱子の言を以て之を反覆して言はば、道を知らんと欲すれば、則ち先づ須らく学純にして心正しきを要すべし。苟も学雑にして純一ならず、心正しからずして邪僻なれば、則ち道と相乖戻す。何を以てか道を知るを得んや。
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