慎思録 / 巻之四
勤者。法天行健也。屬動。愼者。法地勢之順也。屬靜。健順並行。而天地之道立矣。勤愼並行。而人道立矣。此爲天地人之道。其義大乎哉。
新字:勤者。法天行健也。属動。慎者。法地勢之順也。属静。健順並行。而天地之道立矣。勤慎並行。而人道立矣。此為天地人之道。其義大乎哉。
書き下し
勤なる者は、天行の健に法るなり。動に属す。慎なる者は、地勢の順に法るなり。静に属す。健順並び行はれて、天地の道立つ。勤慎並び行はれて、人道立つ。此れ天地人の道為り。其の義大なるかな。
現代語訳
勤めるとは、天の運行が健やかでたゆまないことにのっとるものです。動に属します。慎むとは、地の勢いが従順であることにのっとるものです。静に属します。健と順が並び行われて天地の道が立ち、勤と慎が並び行われて人の道が立ちます。これが天・地・人の道です。その意味は大きいことです。
解説
勤勉と慎みを、天と地の道に結びつけた短く力強い条です。勤は『易』乾卦象伝の「天行は健なり。君子以て自ら彊めて息まず」、慎は坤卦象伝の「地勢は坤なり。君子以て厚徳もて物を載す」の順に対応させています。健と順がそろって天地の道が立つように、勤と慎がそろって人の道が立つと益軒は言います。勤勉だけでは暴走しやすく、慎重さだけでは動けません。攻めと守り、行動と自制の両方を備えることが大切だという教えは、仕事の進め方そのものに当てはまります。
この章句が説くこと
勤慎天地健順人道
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