慎思録 / 巻之一
天道流行。運而不息者。何以見之。日月之往來。四時之推移。雨露之施滋。川流而不竭。草木之發生暢茂。是皆可以見天地之化。靜觀則萬物皆有生意。疇知其妙哉。知之者乃知道也。
新字:天道流行。運而不息者。何以見之。日月之往来。四時之推移。雨露之施滋。川流而不竭。草木之発生暢茂。是皆可以見天地之化。静観則万物皆有生意。疇知其妙哉。知之者乃知道也。
書き下し
天道の流行、運りて息まざる者は、何を以てか之を見ん。日月の往来、四時の推移、雨露の施滋、川流れて竭きず、草木の発生暢茂、是れ皆以て天地の化を見るべし。静かに観れば則ち万物皆生意有り。疇か其の妙を知らんや。之を知る者は乃ち道を知るなり。
現代語訳
天の道が流れ行き、めぐってやまないことは、何によって見ることができるでしょうか。日と月の行き来、四季の移り変わり、雨や露が潤すこと、川が流れて尽きないこと、草木が芽生えて伸びやかに茂ること、これらはみな天地の造化を見ることができるものです。静かに観れば、万物にはみな生きようとする意があります。誰がその妙を知っているでしょうか。これを知る者こそ、道を知る者です。
解説
自然の営みの中に天道の働きを見る、詩情ある短い条です。「静かに観れば万物皆生意有り」は、程明道の詩句「万物静観すれば皆自得す」や、周敦頤が窓の前の草を刈らずに生意を見たという逸話をふまえた表現です。本草学者として植物や動物を丹念に観察し、『大和本草』を著した益軒にとって、自然観察はそのまま道を知る営みでした。忙しい日々の中で、道端の草花や空の移ろいに目をとめる時間を持つと、心が静まり、生きる力を感じ取れるのではないでしょうか。
この章句が説くこと
天道生意自然静観道
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