慎思録 / 巻之一
天運而不巳。日月行而不住。寒暑來往。水流不息。物生不窮。是皆天道之流行。道體之自然也。故君子法之。自彊不息。自彊者。循其自然之理也。且能養生者。動靜有時。而不偏于安逸。導氣而不閉塞。循其元氣流行之自然而巳。是亦法于天行健。而自彊不息也。
新字:天運而不巳。日月行而不住。寒暑来往。水流不息。物生不窮。是皆天道之流行。道体之自然也。故君子法之。自彊不息。自彊者。循其自然之理也。且能養生者。動静有時。而不偏于安逸。導気而不閉塞。循其元気流行之自然而巳。是亦法于天行健。而自彊不息也。
書き下し
天は運りて已まず、日月は行きて住まらず、寒暑来往し、水流れて息まず、物生じて窮まらず。是れ皆天道の流行、道体の自然なり。故に君子之に法りて、自ら彊めて息まず。自ら彊むとは、其の自然の理に循ふなり。且つ能く生を養ふ者は、動静時有りて、安逸に偏らず、気を導きて閉塞せず、其の元気流行の自然に循ふのみ。是れも亦天行の健なるに法りて、自ら彊めて息まざるなり。
現代語訳
天はめぐってやむことがなく、日と月は進んで止まらず、寒さと暑さは行き来し、水は流れてやまず、物は生じて尽きることがありません。これらはみな天の道の流れ行くさまであり、道の本体の自然です。だから君子はこれに倣い、自ら努めてやすみません。自ら努めるとは、自然の道理に従うことです。また、よく生命を養う者は、動くことと静まることに時があって、安楽に偏らず、気をめぐらせてふさがらせず、元気が流れ行く自然に従うだけです。これもまた天の運行の健やかさに倣い、自ら努めてやすまないことです。
解説
天地の絶え間ない運行に学び、学問にも養生にも自彊不息を当てはめた条です。「天行は健なり、君子以て自ら彊めて息まず」は『易経』乾卦の象伝の言葉です。川の流れを道体と見る考えは、程子が『論語』子罕篇の川上の嘆を解いた説に由来します。後半で養生を論じるのは、のちに『養生訓』を著す益軒らしく、動静の時を守り気をめぐらせることも自彊だと言います。休まず努めるとは、無理を重ねることではなく、自然のリズムに沿って続けることだと教えてくれます。
この章句が説くこと
自彊天道養生易経気
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