慎思録 / 巻之四
我生之初。尙無爲。我生之後。逢此百罹。嗚呼人生如此。可謂不幸也。然天命難奈之何。唯尙寐無吪。可以安命。魏志曰。胡昭怡怡無不愛。雖僕隷必加禮焉。年八十而不倦於書籍者。於胡徵君見之矣。篤信謂。胡昭愛敬之德量不可及。可以爲法。如八十讀書不倦。吾雖髦耋。亦日夕手不釋卷矣。是爲可企及。
新字:我生之初。尚無為。我生之後。逢此百罹。嗚呼人生如此。可謂不幸也。然天命難奈之何。唯尚寐無吪。可以安命。魏志曰。胡昭怡怡無不愛。雖僕隷必加礼焉。年八十而不倦於書籍者。於胡徴君見之矣。篤信謂。胡昭愛敬之徳量不可及。可以為法。如八十読書不倦。吾雖髦耋。亦日夕手不釈巻矣。是為可企及。
書き下し
我が生の初め、尚ほ為す無し。我が生の後、此の百罹に逢ふ、と。嗚呼、人生此の如きは、不幸と謂ふべし。然れども天命は之を奈何ともし難し。唯だ尚はくは寐ねて吪くこと無からん、以て命に安んずべし。魏志に曰く、胡昭は怡怡として愛せざるは無し。僕隷と雖も必ず礼を加ふ、と。年八十にして書籍に倦まざる者は、胡徴君に於て之を見る。篤信謂ふ、胡昭の愛敬の徳量は及ぶべからず。以て法と為すべし。八十にして書を読みて倦まざるが如きは、吾髦耋と雖も、亦た日夕手に巻を釈かず。是れ企て及ぶべしと為す。
現代語訳
『詩経』に「私が生まれた初めには、まだ何事もなかった。私が生まれた後に、このさまざまな憂いに出会った」とあります。ああ、人生がこのようであるのは不幸と言うべきです。しかし天命はどうすることもできません。ただ「願わくは眠って動かずにいたい」とあるように、命に安んじるしかありません。『魏志』に「胡昭はにこやかで、愛さない者はなかった。召使いにも必ず礼を尽くした」とあります。八十歳になっても書物に倦まなかった人を、胡徴君(胡昭)に見ます。私、篤信が思うに、胡昭の人を愛し敬う徳と度量には及ぶことができませんが、手本とすべきです。八十歳で書を読んで倦まないことについては、私も年老いたとはいえ、朝晩手から書物を放しません。これは追いつけることです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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