慎思録 / 巻之四
君子之在世也。樂知其道而行之。是所以貴長生也。非徒貪生畏死也。葢住世一日。則一日長進。日知所未知。月能所未能。故其長生爲有益。非如小人欲長生而放欲也。
新字:君子之在世也。楽知其道而行之。是所以貴長生也。非徒貪生畏死也。葢住世一日。則一日長進。日知所未知。月能所未能。故其長生為有益。非如小人欲長生而放欲也。
書き下し
君子の世に在るや、其の道を知りて之を行ふことを楽しむ。是れ長生を貴ぶ所以なり。徒らに生を貪り死を畏るるに非ざるなり。蓋し世に住まること一日なれば、則ち一日長進す。日に未だ知らざる所を知り、月に未だ能くせざる所を能くす。故に其の長生は益有りと為す。小人の長生せんと欲して欲を放にするが如きに非ざるなり。
現代語訳
君子が世にあるのは、道を知ってそれを行うことを楽しむためです。これが長生きを貴ぶわけです。ただ生を貪り死を恐れるのではありません。世に一日長く生きれば、一日分成長します。日ごとにまだ知らなかったことを知り、月ごとにまだできなかったことができるようになります。ですからその長生きには益があるのです。小人が長生きしようとして欲をほしいままにするのとは違います。
解説
長生きを貴ぶ理由は、生に執着するからではなく、一日生きれば一日分道に進めるからだと説く条です。「日に其の亡き所を知り、月に其の能くする所を忘るること無し」という『論語』子張篇の子夏の言葉を踏まえた言い方です。八十五歳まで学び続け、晩年に多くの著作を残した益軒自身の生き方が重なります。『養生訓』の養生の目的もここにありました。健康や長寿を、学び成長し続けるための条件として捉えるこの見方は、人生百年時代の生き方を考える手がかりになります。
この章句が説くこと
長生学問養生成長道
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