慎思録 / 巻之四
古今先儒之說。各有異同。後儒之說。固偏邪者多矣。苟於斯道有所齟齬。則固不可順從。然其中復有理之正。而與舊說小出入者。須擇而爲取捨。不可槩乎爲不是。何也。人非聖人。雖賢者。各有所長。有所短。須不能無偏側過不及之差。見伯夷柳下惠而可知也。聖人之言。大中至正。純粹精微。譬如嘉穀之能養人然。人之有病無病。無不罄宜。賢者之言。不能無偏側之病。譬如參芪朮甘。固爲上藥。然其爲性也。不能無偏勝之害。須隨症擇用。不可槩乎任使。且人文之開明以漸者。自然之理也。故雖後人之說。或勝前人者。亦間有之。故不可咸爲非矣。須擇而去取之也。此非惡平正而好新奇。斯學非一家之私。須要歸道理之至當而巳。不可偏黨于一家。而蔽塞聰明。
新字:古今先儒之説。各有異同。後儒之説。固偏邪者多矣。苟於斯道有所齟齬。則固不可順従。然其中復有理之正。而与旧説小出入者。須択而為取捨。不可槩乎為不是。何也。人非聖人。雖賢者。各有所長。有所短。須不能無偏側過不及之差。見伯夷柳下恵而可知也。聖人之言。大中至正。純粋精微。譬如嘉穀之能養人然。人之有病無病。無不罄宜。賢者之言。不能無偏側之病。譬如参芪朮甘。固為上薬。然其為性也。不能無偏勝之害。須随症択用。不可槩乎任使。且人文之開明以漸者。自然之理也。故雖後人之説。或勝前人者。亦間有之。故不可咸為非矣。須択而去取之也。此非悪平正而好新奇。斯学非一家之私。須要帰道理之至当而巳。不可偏党于一家。而蔽塞聰明。
書き下し
古今先儒の説は、各異同有り。後儒の説は、固より偏邪なる者多し。苟も斯の道に於て齟齬する所有らば、則ち固より順従すべからず。然れども其の中に復た理の正しくして、旧説と小しく出入する者有り。須らく択びて取捨を為すべし。槩して是ならずと為すべからず。何ぞや。人は聖人に非ざれば、賢者と雖も、各長ずる所有り、短なる所有り。須らく偏側過不及の差無きこと能はざるべし。伯夷柳下恵を見て知るべきなり。聖人の言は、大中至正、純粋精微なり。譬へば嘉穀の能く人を養ふが如く然り。人の病有ると病無きと、宜しきを罄くさざるは無し。賢者の言は、偏側の病無きこと能はず。譬へば参芪朮甘の如し。固より上薬為り。然れども其の性為るや、偏勝の害無きこと能はず。須らく症に随ひて択び用ふべし。槩して任使すべからず。且つ人文の開明すること漸を以てする者は、自然の理なり。故に後人の説と雖も、或いは前人に勝る者も、亦た間之有り。故に咸非と為すべからず。須らく択びて之を去取すべし。此れ平正を悪みて新奇を好むに非ず。斯の学は一家の私に非ず。須らく道理の至当に帰することを要するのみ。一家に偏党して、聡明を蔽塞すべからず。
現代語訳
昔から今までの先儒の説には、それぞれ違いがあります。後の儒者の説には、もとより偏りよこしまなものが多くあります。もしこの道にそぐわないところがあれば、もちろん従ってはなりません。しかしその中にも理が正しく、古い説と少し異なるものがあります。選んで取捨すべきで、ひとまとめに正しくないとしてはなりません。なぜでしょうか。人は聖人でなければ、賢者であってもそれぞれ長所と短所があり、偏りや過不足の食い違いがないわけにはいきません。伯夷や柳下恵を見ればわかります。聖人の言葉は大いに中正で、純粋で精微です。良い穀物が人を養うようなもので、病のある人にもない人にも、ふさわしくないことはありません。賢者の言葉は偏りの病がないわけにはいきません。人参・黄耆・白朮・甘草のようなもので、もとより上等な薬ですが、その性質には一方に偏って強すぎる害がないわけにはいきません。症状に応じて選んで用いるべきで、ひとまとめに任せてはなりません。また人の文化が少しずつ開けていくのは、自然の理です。ですから後の人の説でも、前の人に勝るものがときどきあります。すべてを誤りとしてはならず、選んで取捨すべきです。これは平正を嫌って新奇を好むのではありません。この学問は一つの家の私物ではなく、道理の最もふさわしいところに帰することが大切なのです。一つの家に偏って肩入れし、聡明さをふさいではなりません。
解説
この章句が説くこと
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