慎思録 / 巻之四
讀經之法。宜專一硏究。如奕之爲小數也。亦不專心致志。則不得也。况於聖經乎。一經終而復讀一經。四書六經須終身循環。而一日不廢。學者以此可爲終身之事業。
新字:読経之法。宜専一研究。如奕之為小数也。亦不専心致志。則不得也。況於聖経乎。一経終而復読一経。四書六経須終身循環。而一日不廃。学者以此可為終身之事業。
書き下し
経を読むの法は、宜しく専一に研究すべし。奕の小数為るが如きも、亦た専心致志せざれば、則ち得ざるなり。況や聖経に於てをや。一経終はりて復た一経を読む。四書六経は須らく終身循環して、一日も廃すべからず。学者此を以て終身の事業と為すべし。
現代語訳
経書を読む方法は、一つに集中して研究するべきです。囲碁のような小さな技芸でさえ、心を専らにし志を尽くさなければ上達しません。まして聖人の経書ではなおさらです。一つの経書を読み終えたら、また一つの経書を読みます。四書六経は一生繰り返し読み、一日も欠かしてはなりません。学ぶ者はこれを一生の事業とすべきです。
解説
経書は一つずつ集中して読み、一生繰り返し続けよと説く短い条です。「奕の小数為るも、専心致志せざれば則ち得ざるなり」は『孟子』告子上の言葉で、囲碁のような小技でさえ集中しなければ上達しないという喩えです。益軒は、まして聖人の経書ならなおさらだと言います。一度に多くの本に手を出さず、一冊を終えてから次へ進み、それを一生の事業として続けるという読書法は、情報を広く浅く追いがちな今の私たちに、腰を据えて深く学ぶことの価値を思い出させてくれます。
この章句が説くこと
読書専一経書集中学問
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