慎思録 / 巻之四
初學日課。朝看經傳。饔後讀經書看史書。或讀諸子諸集。且習字寫法帖。食後消搖緩行數百步。須優游而舒暢精神。使心氣和樂。勿令勞屈。又遊文武之藝。或誦唐詩讀和歌。夜又看經傳。且記誦經傳史子之要語及故事二三件。夜臨臥時。須省檢一日之言行。無憾而後即安。毎日須如此。勉强勿怠廢。
新字:初学日課。朝看経伝。饔後読経書看史書。或読諸子諸集。且習字写法帖。食後消揺緩行数百歩。須優游而舒暢精神。使心気和楽。勿令労屈。又遊文武之芸。或誦唐詩読和歌。夜又看経伝。且記誦経伝史子之要語及故事二三件。夜臨臥時。須省検一日之言行。無憾而後即安。毎日須如此。勉強勿怠廃。
書き下し
初学の日課。朝は経伝を看る。饔後は経書を読み史書を看る。或いは諸子諸集を読み、且つ字を習ひ法帖を写す。食後は逍遥して緩行すること数百歩、須らく優游して精神を舒暢し、心気をして和楽せしめ、労屈せしむること勿かるべし。又文武の芸に遊び、或いは唐詩を誦し和歌を読む。夜は又経伝を看る。且つ経伝史子の要語及び故事二三件を記誦す。夜臥に臨む時、須らく一日の言行を省検し、憾み無くして而る後に即ち安んずべし。毎日須らく此の如くすべし。勉強して怠廃すること勿かれ。
現代語訳
初学者の日課です。朝は経書とその注釈を読みます。朝食の後は経書を読み、歴史書を読みます。あるいは諸子や文集を読み、また習字をして手本を写します。食後はぶらぶらと数百歩ゆっくり歩き、ゆったりと気持ちをのびやかにし、心と気を和やかに楽しくして、疲れさせないようにします。また文武の芸に遊び、あるいは唐詩を吟じ和歌を読みます。夜はまた経書と注釈を読みます。そして経書・注釈・歴史書・諸子の大切な言葉や故事を二つ三つ暗記します。夜、寝るときには一日の言動を省みて、悔いがなければそれで安らかに休みます。毎日このようにすべきです。努めて怠ってはなりません。
解説
初学者のための一日の過ごし方を具体的に示した条です。朝の経書、食後の歴史や諸子、習字、散歩、文武の芸、詩歌、夜の暗記、そして寝る前の一日の反省と、学問と休養と養生が組み合わされています。食後に数百歩ゆっくり歩くことは、『養生訓』でも益軒が勧めた習慣です。一日の終わりに言行を省みるのは、曾子の「吾日に三たび吾が身を省みる」(『論語』学而篇)に通じます。学び・運動・趣味・内省をバランスよく組み込んだこの日課は、今の生活リズムを設計するうえでも十分に参考になります。
この章句が説くこと
日課読書養生内省学問
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