慎思録 / 巻之四
凡讀書之法。經爲本。史次之。子集又其次也。其用功輕重本末次序。須如此。讀諸史子集。亦各須專于一書。或兼讀二書亦可也。然一時所誦讀之書多。而不專一則紛冗而不成條理。功力分。而難做精熟。凡諸史子集。其精要者。抄出而爲册子。須日夜熟讀成記誦。如此則用功少。而効多。凡看書。其有要用者。須成誦。不成誦難濟用。
新字:凡読書之法。経為本。史次之。子集又其次也。其用功軽重本末次序。須如此。読諸史子集。亦各須専于一書。或兼読二書亦可也。然一時所誦読之書多。而不専一則紛冗而不成条理。功力分。而難做精熟。凡諸史子集。其精要者。抄出而為册子。須日夜熟読成記誦。如此則用功少。而効多。凡看書。其有要用者。須成誦。不成誦難済用。
書き下し
凡そ読書の法は、経を本と為し、史之に次ぎ、子集又其の次なり。其の功を用ふるの軽重本末次序は、須らく此の如くすべし。諸史子集を読むにも、亦た各須らく一書に専らにすべし。或いは二書を兼ね読むも亦た可なり。然れども一時に誦読する所の書多くして専一ならざれば、則ち紛冗にして条理を成さず。功力分かれて、精熟を做し難し。凡そ諸史子集は、其の精要なる者を抄出して冊子と為し、須らく日夜熟読して記誦を成すべし。此の如くすれば則ち功を用ふること少なくして、効多し。凡そ書を看るに、其の要用有る者は、須らく誦を成すべし。誦を成さざれば用を済し難し。
現代語訳
およそ読書の方法は、経書を根本とし、歴史書がこれに次ぎ、諸子や文集がさらにその次です。努力を注ぐ軽重、本末、順序はこのようであるべきです。歴史書や諸子・文集を読むときも、それぞれ一つの書に集中すべきです。あるいは二つの書を並べて読むのもよいでしょう。しかし一度に読む書が多くて集中しなければ、ごたごたして筋道が立ちません。力が分散して、よく身につけることが難しくなります。歴史書や諸子・文集は、その精しく大切なところを書き抜いて冊子にし、昼も夜もよく読んで暗記すべきです。そうすれば努力は少なくて効果が多いのです。およそ書を読むとき、大切で役立つところはそらんじるべきです。そらんじなければ役に立てることは難しいのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四経を読むの法は、宜しく専一に研究すべし。奕の小数為るが如きも、亦た専心致志せざれば、則ち得ざるなり。況や聖経に於てをや。一経終はりて復た一経を読む。四書六経は須らく終身循環して、一日も廃すべからず。学者此を以て終身の事業と為すべし。
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『慎思録』巻之六今聖経賢伝を観るに、其の立言の本意既に之を得と雖も、亦更に須らく反復玩味して、其の理をして中に浹洽せしむべし。此れ読書為学の法と為すべし。凡そ功を用ゐること此くの如くなれば、則ち鹵莽にして速やかに看過する者と、其の得る所も亦自ら別なり。
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『慎思録』巻之四張子曰く、書を読むこと少なければ、則ち考校して義の精しきを得るに由無し、と。愚謂へらく、蓋し博学多聞に非ざれば、則ち以て天下の変を尽くすに足らざるなり。豈に偏狭固陋の学の能く得る所ならんや。張子曰く、書は須らく誦を成すべし。記せざれば則ち思ひ起こらず、と。愚謂へらく、記誦は是れ読書の第一法なり。多く読まざれば則ち記すること能はず。記せざれば則ち義理を考究するに由無し。故に記誦は誠に是れ学者の要務なり。然れども之を記誦するは、須らく少壮の時に於てすべし。苟も強仕の時に到らば、記誦に勉むと雖も、然れども忘失し易く、徒らに力を労するのみ。
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『慎思録』巻之二事を記す者は必ず其の要を提げ、言を纂むる者は必ず其の玄を鉤る。凡そ学者の読書の法、当に此くの如くすべし。然るに其の事を記し言を纂むる者、嘉言善行の世教に益有る者を採らずして、好んで猥紬駁雑奇怪妄誕の説を載す。以て益と為すに足らず、適に以て人を惑はすに足る。
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『慎思録』巻之一大抵道の明らかならざるは、師道の立たざるに因るなり。師道の立たざるは、豈に特に師の其の人に非ざるのみならんや。抑も亦弟子の師に厳ならざるに由るなり。書を読むの序は、須らく上より下に做すべし。下より上に做すべからず。須らく本より末に到るべし。末より本に到るべからず。蓋し上より下に做すとは、先づ古書を看て、而る後に近世に及ぶなり。本より末に到るとは、先づ経伝を治めて、而る後に史子に及ぶなり。
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『慎思録』巻之五老年の読書の法は、少壮と同じからず。簡要なる者を択びて看、心を潜めて尋思し、義理をして精熟せしめて、之を自得せんと欲す。是れ約に帰するの功なり。徒に博覧強記を務めて多きを貪るべからず。求むる所約ならざれば、則ち汎濫して功無く、心に自得すること能はず。徒に心力を費やすのみ。