師導古典を学びたいすべての人に

慎思録 / 巻之四

對子弟門人。須隨事而敎誨。有過則規戒。不可疎懶而默止。如此則庶乎漸而有益。敎育於人之道。宜如此。雖奴僕。亦不可無敎誨。若或踈懶而不敎。姑息而不戒。即雖朝夕親炙之久。無聞過受誨之益。此中也棄不中。才也棄不才也。非君子敎育於人之道也。

新字:対子弟門人。須随事而教誨。有過則規戒。不可疎懶而黙止。如此則庶乎漸而有益。教育於人之道。宜如此。雖奴僕。亦不可無教誨。若或疎懶而不教。姑息而不戒。即雖朝夕親炙之久。無聞過受誨之益。此中也棄不中。才也棄不才也。非君子教育於人之道也。

書き下し

子弟門人に対しては、須らく事に随ひて教誨すべし。過ち有れば則ち規戒す。疎懶にして黙止すべからず。此の如くすれば則ち庶はくは漸くにして益有らん。人を教育するの道、宜しく此の如くなるべし。奴僕と雖も、亦た教誨無かるべからず。若し或いは疎懶にして教へず、姑息にして戒めざれば、即ち朝夕親炙の久しきと雖も、過ちを聞き誨へを受くるの益無し。此れ中や不中を棄て、才や不才を棄つるなり。君子の人を教育するの道に非ざるなり。

現代語訳

子弟や門人に対しては、事あるごとに教え導くべきです。過ちがあれば正し戒めます。怠けて黙ったままでいてはいけません。そうすれば、少しずつ益があるでしょう。人を教え育てる道は、このようであるべきです。召使いであっても、教え導かないわけにはいきません。もし怠けて教えず、その場しのぎで戒めなければ、朝夕親しく接して長くなっても、過ちを指摘され教えを受ける益がありません。これは『孟子』に言う「徳ある者が徳のない者を見捨て、才ある者が才のない者を見捨てる」ことで、君子が人を教え育てる道ではありません。

解説

子弟や門人、さらには召使いに対しても、事あるごとに教え、過ちを正せと説く条です。面倒がって黙っていたり、その場しのぎで見逃したりすれば、長く身近にいても相手は何も学べないと益軒は言います。「中や不中を棄て、才や不才を棄つ」は『孟子』離婁下の「中や不中を養ひ、才や不才を養ふ」を裏返した言い方で、育てる責任を放棄することを戒めています。部下の小さなつまずきを気まずさから見過ごさず、その都度穏やかに伝えることが、人を育てる上司の責任だと教えてくれます。

この章句が説くこと

指導規戒育成責任

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる