言志四録 / 言志晩録 別存 第二十五条 真に是れ人師
公文職之外。極爲倥偬。無暇聚徒講經。會門人來謁。必賜一二警語。各莫不虛往實歸。眞是人師。非下帷講師之可比。
新字:公文職之外。極為倥偬。無暇聚徒講経。会門人来謁。必賜一二警語。各莫不虚往実帰。真是人師。非下帷講師之可比。
書き下し
公、文職の外、極めて倥偬たり。徒を聚めて経を講ずるに暇無し。会々門人来り謁すれば、必ず一二の警語を賜ふ。各々虚しく往きて実ちて帰らざる莫し。真に是れ人師にして、帷を下す講師の比すべきに非ず。
現代語訳
公(林述斎)は学問の職務のほかにもきわめて多忙で、弟子を集めて経書を講義する暇がなかった。たまたま門人が訪ねてくると、必ず一言二言、心に刻むべき言葉を与えた。誰もが空っぽの心で行って、満ち足りて帰らない者はなかった。まことに人の師であって、帳を垂れて書物を講じるだけの講師と比べられるものではない。
解説
述斎の教え方を記した条です。幕政にも関わる述斎は多忙で、弟子を集めて経書を講じる暇はありませんでした。しかし門人が訪ねてくれば、必ず一言二言の戒めを与え、誰もが満たされて帰ったといいます。「虚しく往きて実ちて帰る」は『荘子』の言葉です。一斎はこれを「人師」と呼び、「帷を下す講師」、つまり漢の董仲舒のように帳の奥で書物を講じる教師とは比べものにならないとしています。経書の知識を授ける「経師」は得やすいが、人の生き方を導く「人師」は得がたいという古くからの言葉を踏まえたものでしょう。多忙な上司でも、短い言葉で人を育てることはできます。自分の一言が相手に何を残しているかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
人師指導警語育成多忙
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