後世への最大遺物 / 第一回・クロムウェルが遺した国
今日の英国はエライ国である、今日のアメリカの共和国はエライ国であると申しますが、それは何から始まったかとたびたび考えてみる。それで私は尊敬する人について少しく偏するかも知れませぬが、もし偏しておったならばそのようにご裁判を願います、けれども私の考えまするには、今日のイギリスの大なるわけは、イギリスにピューリタンという党派が起ったからであると思います。アメリカに今日のような共和国の起ったわけは何であるか、イギリスにピューリタンという党派が起ったゆえである。しかしながらこの世にピューリタンが大事業を遺したといい、遺しつつあるというは何のわけであるかというと、何でもない、このなかにピューリタンの大将がいたからである。
書き下し
今日の英国はえらい国である、今日のアメリカの共和国はえらい国であると申しますが、それは何から始まったかと、たびたび考えてみる。それで私は尊敬する人について少しく偏するかも知れませぬが、もし偏しておったならばそのようにご裁判を願います。けれども私の考えまするには、今日のイギリスの大なるわけは、イギリスにピューリタンという党派が起ったからであると思います。アメリカに今日のような共和国の起ったわけは何であるか、イギリスにピューリタンという党派が起ったゆえである。しかしながら、この世にピューリタンが大事業を遺したといい、遺しつつあるというは何のわけであるかというと、何でもない、このなかにピューリタンの大将がいたからである。
現代語訳
今日のイギリスは偉い国である、今日のアメリカの共和国は偉い国であると言いますが、それが何から始まったかと、私はたびたび考えてみます。私は尊敬する人について少し偏るかもしれません。もし偏っていたら、そのように判じてください。けれども私の考えでは、今日のイギリスが大きい理由は、イギリスにピューリタンという党派が起こったからだと思います。アメリカに今日のような共和国が起こった理由は何か。イギリスにピューリタンという党派が起こったからです。しかし、この世にピューリタンが大事業を遺した、また遺しつつあるというのはなぜかというと、何ということはない、その中にピューリタンの大将がいたからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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うひ山ぶみ・第十六段さてまづ上の件のごとくなれば、まなびのしなも、しひてはいひがたく、学びやうの法も、かならず云々してよろしとは、定めがたく、又定めざれども、実はくるしからぬことなれば、たゞ心にまかすべきわざなれども、さやうにばかりいひては、初心の輩は、取リつきどころなくして、おのづから倦おこたるはしともなることなれば、やむことをえず、今宣長が、かくもやあるべからんと思ひとれるところを、一わたりいふべき也、
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論語・為政篇季康子問う、民をして敬忠以て勧むるには、之を如何せん。子曰く、「之に臨むに荘を以てすれば、則ち敬す。孝慈なれば、則ち忠。善を挙げて不能を教うれば、則ち勧む。」
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『正法眼蔵随聞記』巻一先師天童浄和尚住持のとき、僧堂にて衆僧坐禅の時、眠りを誠しむるに履を以て打ち、謗言呵嘖せしかども、衆僧皆打たるゝを喜び讃嘆しき、有時亦上堂の次でに云く、我れ既に老後、今は衆を辞し、菴に住して、老を扶けて居るべけれども、衆の知識として、各の迷を破り道を授けんがために住持人たり、是に依て或は呵嘖の詞ばを出し、竹箆打擲等のことを行ず、是頗る怖れあり、然あれども仏に代て化儀を揚る式なり、諸兄弟慈悲を以て是を許し給へと言へば、衆僧皆流涕しき、
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『後世への最大遺物』第一回・旗を挙げようという念が消えたそこで、そのときの心持ちは、なるほどそのなかに一種の喜びがなかったではございませぬけれども、以前の心持ちとは正反対の心持ちでありました。そうして、この世の中に事業をしよう、この世の中に一つ旗を挙げよう、この世の中に立って男らしい生涯を送ろう、という念がなくなってしまいました。ほとんどなくなってしまいましたから、私はいわゆる坊主臭い因循的の考えになってきました。それでまた、私ばかりでなく、私を教えてくれる人がそうでありました。たびたび……ここには宣教師はおりませぬから、少しは宣教師の悪口をいっても許してくださるかと思いまするが……宣教師のところに往って私の希望を話しますると、「あなたはそんな希望を持ってはいけませぬ、そのようなことはそれは欲心でございます、それはあなたのまだキリスト教に感化されないところの心から起ってくるのです」というようなことを聞かされないではなかった。
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『正法眼蔵随聞記』巻一夜話に云く悪口を以て僧を呵噴し毀訾すること莫れ、設ひ悪人不当なりとも左右なく悪くみ毀ることなかれ、先づいかにわるしと云とも、四人巳上集会しぬれば、これ僧体にて国の重宝なり最、も帰敬すべきものなり、若くは住持長老にてもあれ、若くは師匠知識にてもあれ、弟子不当ならば、慈悲心老婆心にて教訓誘引すべし、其時設ひ打べきをば打ち、呵噴すべきをば呵噴すとも、毀訾謗言の心を発すべからす、
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うひ山ぶみ・第九段いかに初心なればとても、学問にもこゝろざすほどのものは、むげに小児の心のやうにはあらねば、ほどほどにみづから思ひよれるすぢは、必ズあるものなり、