慎思録 / 巻之四
乘快而輕言者。必中理也。鮮矣。乘快輕諾者。守信也難矣。豈可不恥于中心乎。擇交。貴乎于始。定交而後擇。不勝怨悔者多矣。苟交游非其人。可恥之甚也。
新字:乗快而軽言者。必中理也。鮮矣。乗快軽諾者。守信也難矣。豈可不恥于中心乎。択交。貴乎于始。定交而後択。不勝怨悔者多矣。苟交游非其人。可恥之甚也。
書き下し
快に乗じて軽々しく言ふ者は、必ず理に中ること鮮し。快に乗じて軽々しく諾する者は、信を守ること難し。豈に中心に恥ぢざるべけんや。交はりを択ぶは始めに貴ぶ。交はりを定めて後に択べば、怨悔に勝へざる者多し。苟も交游其の人に非ざれば、恥づべきの甚だしきなり。
現代語訳
気分に任せて軽々しく言う者は、理にかなうことがめったにありません。気分に任せて軽々しく引き受ける者は、信を守ることが難しいのです。心の中で恥じずにいられましょうか。交わる相手を選ぶのは、初めが大切です。交わりを結んでから選ぼうとすれば、怨みや後悔に耐えられないことが多くなります。もし付き合う相手がふさわしい人でなければ、はなはだ恥ずべきことです。
解説
二つの短い条がつながった単位です。前半は、気分が良いときの軽い発言や安請け合いを戒めます。『老子』第六十三章の「軽諾は必ず信寡し」に通じる考えで、その場の勢いで言った言葉や約束が、後で信用を損なうことを指摘します。後半は、交友は最初の段階で相手を選ぶべきで、付き合ってから選び直そうとすると後悔や怨みが生じると説きます。調子の良いときほど言葉を慎み、人間関係は始めに慎重に見極めるという教えは、仕事の約束事や取引相手の選び方にも当てはまります。
この章句が説くこと
信言葉交友慎約束
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