十善法語 / 巻第一・不殺生戒
第四ニ此言音カ國ヲ治メ家ヲ治メ身ヲ修ル具シヤ。王公大人ハ或ハ一言ヲ以テ國ヲオコス。或ハ萬世ノ則ヲ垂ル。不妄語戒ノ影ハ先カウシタコトシヤ。畜生道ノ中ニハ。唯食ヲ得テハ親シミ。食ヲ爭テハ相害スル。唯慳貪嫉妬ノ聲。牝牡相慕フ聲ハカリシヤ。妄語業道ソノ影カクノ如クシヤ。佛經等ノ中ニ諸ノ禽獸ノ君臣命ヲ守リシコトナトアルハ。畜生ノ中ニ。一分人間ノ德ヲ得テ失ハヌコトシヤ。禽獸ノ當リマヘテハナキシヤ。
新字:第四ニ此言音カ国ヲ治メ家ヲ治メ身ヲ修ル具シヤ。王公大人ハ或ハ一言ヲ以テ国ヲオコス。或ハ万世ノ則ヲ垂ル。不妄語戒ノ影ハ先カウシタコトシヤ。畜生道ノ中ニハ。唯食ヲ得テハ親シミ。食ヲ争テハ相害スル。唯慳貪嫉妬ノ声。牝牡相慕フ声ハカリシヤ。妄語業道ソノ影カクノ如クシヤ。仏経等ノ中ニ諸ノ禽獣ノ君臣命ヲ守リシコトナトアルハ。畜生ノ中ニ。一分人間ノ徳ヲ得テ失ハヌコトシヤ。禽獣ノ当リマヘテハナキシヤ。
書き下し
第四ニ此言音カ国ヲ治メ家ヲ治メ身ヲ修ル具シヤ。王公大人ハ或ハ一言ヲ以テ国ヲオコス。或ハ万世ノ則ヲ垂ル。不妄語戒ノ影ハ先カウシタコトシヤ。畜生道ノ中ニハ。唯食ヲ得テハ親シミ。食ヲ争テハ相害スル。唯慳貪嫉妬ノ声。牝牡相慕フ声ハカリシヤ。妄語業道ソノ影カクノ如クシヤ。仏経等ノ中ニ諸ノ禽獣ノ君臣命ヲ守リシコトナトアルハ。畜生ノ中ニ。一分人間ノ徳ヲ得テ失ハヌコトシヤ。禽獣ノ当リマヘテハナキシヤ。
現代語訳
第四に、この言葉の音声が、国を治め家を治め身を修める道具である。王公や大人は、あるいは一言で国を興す。あるいは万世の規範を垂れる。不妄語戒の影は、まずこうしたことである。畜生道の中では、ただ食を得ては親しみ、食を争っては害し合う。ただ物惜しみや貪りや嫉妬の声、牝牡が互いに慕う声ばかりである。妄語の業道の影はこのようなのである。仏の経などの中に、諸々の鳥獣が君臣の命令を守ったことなどがあるのは、畜生の中で一分の人間の徳を得て失わないことである。鳥獣の当たり前ではないのである。
解説

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