慎思録 / 巻之四
梁蕭允曰。禍之所來。皆生於利。苟不求利。禍從何生。愚謂。世人之逢禍也。不幸而至者。極少矣。往往因求利而得禍者多矣。夫求利者。欲利己。而却逢害。其倚伏必然。可不畏乎。葢求利者必害人。不害人而利己。未之有也。然則其報豈可無災禍乎。故曰。利者害之本也。求名者亦然。求名而反喪名者多矣。
新字:梁蕭允曰。禍之所来。皆生於利。苟不求利。禍従何生。愚謂。世人之逢禍也。不幸而至者。極少矣。往往因求利而得禍者多矣。夫求利者。欲利己。而却逢害。其倚伏必然。可不畏乎。葢求利者必害人。不害人而利己。未之有也。然則其報豈可無災禍乎。故曰。利者害之本也。求名者亦然。求名而反喪名者多矣。
書き下し
梁の蕭允曰く、禍の来たる所は、皆利より生ず。苟も利を求めずんば、禍何よりか生ぜん、と。愚謂へらく、世人の禍に逢ふや、不幸にして至る者は極めて少なし。往往にして利を求むるに因りて禍を得る者多し。夫れ利を求むる者は、己を利せんと欲して却つて害に逢ふ。其の倚伏必然なり。畏れざるべけんや。蓋し利を求むる者は必ず人を害す。人を害せずして己を利するは、未だ之有らざるなり。然らば則ち其の報い豈に災禍無かるべけんや。故に曰く、利は害の本なり、と。名を求むる者も亦た然り。名を求めて反つて名を喪ふ者多し。
現代語訳
梁の蕭允は「禍がやって来るのは、みな利から生じる。もし利を求めなければ、禍はどこから生じようか」と言いました。私が思うに、世の人が禍に遭うのは、不幸によってやって来るものはきわめて少なく、多くは利を求めたために禍を得るのです。利を求める者は自分を利そうとして、かえって害に遭います。禍福が互いに潜み合うのは必然です。恐れずにいられましょうか。利を求める者は必ず人を害します。人を害さずに自分を利した者は、いまだかつていません。そうであれば、その報いとして災禍がないことがありましょうか。だから「利は害のもとである」と言うのです。名を求める者も同じです。名を求めてかえって名を失う者が多いのです。
解説
南朝梁の蕭允の言葉を引き、世の禍の多くは不運ではなく利を求めたことから生じると説く条です。「禍は福の倚る所、福は禍の伏す所」という『老子』第五十八章の考えを「倚伏」の一語で示し、利を求めれば必ず人を害し、その報いが自分に返ってくると論じます。前の名を貪る条とも響き合う内容です。自分の得ばかりを追う取引や人間関係は、いずれ信用を失って損となって返ってくるという教えは、長く続く商売や信頼関係を築くための基本を示しています。
この章句が説くこと
利禍名倚伏欲
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