呻吟語 / 内篇・修身・利に處して利を讓り、名に處して名を讓る
處利則要人做君子,我做小人;處名則要人做小人,我做君子,斯惑之甚也。聖賢處利讓利,處名讓名,故淡然恬然,不與世忤。
新字:処利則要人做君子,我做小人;処名則要人做小人,我做君子,斯惑之甚也。聖賢処利譲利,処名譲名,故淡然恬然,不与世忤。
書き下し
利に處すれば則ち人をして君子を做さしめ、我は小人を做す。名に處すれば則ち人をして小人を做さしめ、我は君子を做す。斯れ惑ひの甚だしきなり。聖賢は利に處して利を讓り、名に處して名を讓る。故に淡然恬然として、世と忤らず。
現代語訳
利益の場では、相手には君子でいてもらい、自分は小人になります。名誉の場では、相手には小人でいてもらい、自分は君子になります。これは大変な惑いです。聖賢は利益の場では利益を譲り、名誉の場では名誉を譲ります。だからあっさりと安らかで、世と衝突しません。
解説
人が場面ごとに役割を使い分ける様子を、痛烈に描きます。金の話では自分が取り、名誉の話では自分が譲られる側に回る。どちらも自分に都合よく役を選んでいるだけです。聖賢はどちらでも譲ると言い、結果として世と衝突しない。譲ることを道徳ではなく、衝突しない技術として示しているのが、この段の実際的なところです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
利名譲る役割衝突
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