慎思録 / 巻之四
許魯齋一世名儒。而以道自任。其平生之學行。誠足以爲師表。然甘心事賊。失身非類。其罪可謂大也。大節既虧。雖有他美。豈能足贖乎。况其文章勳業。亦不足垂世乎。
新字:許魯斎一世名儒。而以道自任。其平生之学行。誠足以為師表。然甘心事賊。失身非類。其罪可謂大也。大節既虧。雖有他美。豈能足贖乎。況其文章勲業。亦不足垂世乎。
書き下し
許魯斎は一世の名儒にして、道を以て自ら任ず。其の平生の学行は、誠に以て師表と為すに足る。然れども心を甘んじて賊に事へ、身を非類に失ふ。其の罪大なりと謂ふべし。大節既に虧く。他の美有りと雖も、豈に能く贖ふに足らんや。況や其の文章勲業も、亦た世に垂るるに足らざるをや。
現代語訳
許衡(魯斎)は一代の名儒で、道を自分の任としていました。その日頃の学問と行いは、まことに人の手本とするに足ります。しかし甘んじて賊に仕え、異民族の王朝に身を落としました。その罪は大きいと言うべきです。大きな節義がすでに欠けているのですから、ほかに美点があっても、どうして償うに足りるでしょうか。まして、その文章や功業も後世に残すに足りないのですから。
解説
元の朱子学者許衡(号は魯斎)への厳しい評価です。許衡は朱子学を北方に広め、元の国子祭酒として教育を整えた功労者で、朱子学の普及に大きな役割を果たしました。しかし益軒は、宋を滅ぼしたモンゴルの元に仕えたことを大節の欠けとして、学行の立派さでも償えないと断じます。前の二条の節義論を具体的な人物に当てはめたものです。現代の価値観からは厳しすぎる面もありますが、どんなに優秀でも筋を曲げた選択は評価を損なうという点は、職業倫理を考える材料になります。
この章句が説くこと
節義名儒朱子学義評価
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