慎思録 / 巻之四
正君臣之分。嚴華夷之辨。臨大節而不可奪。是名敎之所以立。而春秋之法。以此爲重。儒者之學。所宜講明。而君子之臨利害處死生。固守其節操。而不可移奪者。在此而巳矣。葢君子方平居無事之時。頗如不異乎衆人。特方傾覆艱難之時。而不失其操守。所謂歲寒然後知松柏之後凋也。故臨大節而不可奪。惟可以爲君子人。苟不知是。則雖其學行博達。足以示人其文章勳業。足以傳。然不足觀也已。
新字:正君臣之分。厳華夷之弁。臨大節而不可奪。是名教之所以立。而春秋之法。以此為重。儒者之学。所宜講明。而君子之臨利害処死生。固守其節操。而不可移奪者。在此而巳矣。葢君子方平居無事之時。頗如不異乎衆人。特方傾覆艱難之時。而不失其操守。所謂歳寒然後知松柏之後凋也。故臨大節而不可奪。惟可以為君子人。苟不知是。則雖其学行博達。足以示人其文章勲業。足以伝。然不足観也已。
書き下し
君臣の分を正し、華夷の弁を厳にし、大節に臨みて奪ふべからざるは、是れ名教の立つ所以にして、春秋の法、此を以て重しと為す。儒者の学、宜しく講明すべき所なり。而して君子の利害に臨み死生に処して、固く其の節操を守りて移し奪ふべからざる者は、此に在るのみ。蓋し君子は平居無事の時に方りては、頗る衆人に異ならざるが如し。特に傾覆艱難の時に方りて、其の操守を失はず。所謂歳寒くして然る後に松柏の後れて凋むことを知るなり。故に大節に臨みて奪ふべからざるは、惟だ以て君子人と為すべし。苟も是を知らざれば、則ち其の学行博達にして、以て人に示すに足り、其の文章勲業、以て伝ふるに足ると雖も、然れども観るに足らざるのみ。
現代語訳
君臣の分をただし、中華と夷狄の区別を厳しくし、大きな節目に臨んで志を奪われないことは、名分の教えが成り立つもとであり、『春秋』の法もこれを重んじています。儒者の学問が明らかにすべきところです。君子が利害に臨み、生死の場に処して、固く節操を守って動かされないのは、ここにかかっています。君子は平穏無事なときには、普通の人とあまり変わらないように見えます。ただ国が傾き困難なときにこそ、その操を失わないのです。いわゆる「寒い季節になって初めて、松や柏が最後までしぼまないことがわかる」ということです。ですから大きな節目に臨んで志を奪われない人だけを君子人とすべきです。もしこれを知らなければ、学問や行いが広く通じて人に示すに足り、文章や功業が後世に伝えるに足りても、見るに足りないのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『囲炉夜話』第百九十三則・義の中に利有り義の中に利有り、而して義を尚ぶの君子は、初めより利に計り及ぶに非ざるなり。 利の中に害有り、而して利に趨るの小人は、並びに其の害為るを顧みざるなり。
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『慎思録』巻之三凡そ君子と小人との由りて分かるる所は、固より義を好むと利を好むとの間に在り。且つ衣服器物と雑芸との好悪する所に至りても、亦各同じからざる有り。小人の好む所は、毎に淫靡と鄙俗とに在り。君子の好む所は、毎に質良と典雅とに在り。其の好悪する所を観て、亦君子小人の分見はる。好悪慎まざるべけんや。古は天子巡守して、詩を陳ねて以て民風を観、賈を納れて以て民の好悪する所を観る。志淫なれば好辟なり、と。亦此の意なり。欧陽子曰く、其の好む所を視て、以て其の人を知るべし、と。
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『慎思録』巻之四君子の世に処るや、常有り変有り。常に居りては固より宜しく勤慎すべし。変に逢ひては最も須らく力を用ふべし。大凡大節に臨みて奪ふべからずして、而る後に其の君子為ることを見る。苟も此の処に於て一たび節を失はば、平日他の善の称すべき有りと雖も、亦た観るに足らざるのみ。揚雄劉歆趙孟頫の輩の如き、是れなり。曾子、六尺の孤を託し、百里の命を寄すべく、大節に臨みて奪ふべからざるを以て、君子人と為す。其の意観るべし。
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『慎思録』巻之四欲有りて主無ければ則ち乱る。猶ほ民にして君無ければ則ち乱るるがごとし。故に君子は義を以て欲を制す。楽しみて乱れざる所以なり。小人は欲を以て義を忘る。乱れて楽しまざる所以なり。小人は意に任せ欲を縦にして恥ぢず。其の楽しむ所は飲食色貨に過ぎず。其の終りは禽獣に帰するのみ。
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呂氏春秋・壹行④人の船に乘る所の者は、其の能く浮きて沈むこと能わざるが為なり。世の君子を賢とする所以の者は、其の能く義を行いて邪辟を行うこと能わざるが為なり。
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論語・公冶長篇子、子産を謂う、「君子の道四つ有り。其の己を行うや恭、其の上に事うるや敬、其の民を養うや恵、其の民を使うや義。」