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慎思録 / 巻之四

王珪魏徵之事于世民。范祖禹以爲食君之祿。而不死其難。於其不可事而事之。皆有罪。劉友益尹遂昌之說與此異。却覺有理。恐可爲優。凡范胡二氏。其說嚴明。可謂古今之正論。歷代之權度也。然流偏固傷刻薄者。亦間有之矣。比之司馬温公之說。温良易直而穩當。恐不能及矣。

新字:王珪魏徴之事于世民。范祖禹以為食君之禄。而不死其難。於其不可事而事之。皆有罪。劉友益尹遂昌之説与此異。却覚有理。恐可為優。凡范胡二氏。其説厳明。可謂古今之正論。歴代之権度也。然流偏固傷刻薄者。亦間有之矣。比之司馬温公之説。温良易直而穏当。恐不能及矣。

書き下し

王珪魏徴の世民に事ふるや、范祖禹以為へらく、君の禄を食みて其の難に死せず、其の事ふべからざるに於て之に事ふ、皆罪有り、と。劉友益・尹遂昌の説は此と異なり、却つて理有るを覚ゆ。恐らくは優れりと為すべし。凡そ范胡二氏は、其の説厳明にして、古今の正論、歴代の権度と謂ふべし。然れども流れて偏固にして刻薄に傷る者も、亦た間之有り。之を司馬温公の説の温良易直にして穏当なるに比すれば、恐らくは及ぶこと能はず。

現代語訳

王珪と魏徴が李世民(唐の太宗)に仕えたことについて、范祖禹は「主君の禄を受けながらその難に殉じず、仕えるべきでない相手に仕えたのだから、どちらも罪がある」と考えました。劉友益や尹起莘の説はこれと異なり、かえって理があるように思われ、おそらく優れているでしょう。范祖禹と胡寅の二人は、その説が厳しく明快で、古今の正論、歴代の判断の基準と言うべきです。しかし行き過ぎて偏り、頑なで冷酷さに陥っているものも、ときどきあります。これを司馬光の説の、温和で素直で穏当なのと比べれば、おそらく及ばないでしょう。

解説

歴史上の人物をどう評価するかという史論の条です。王珪・魏徴はもと太子李建成に仕え、玄武門の変の後に李世民(太宗)に仕えて名臣となりました。宋の范祖禹『唐鑑』はこれを罪としましたが、『資治通鑑綱目』の書法を著した劉友益や発明を著した尹起莘は異なる評価をしています。益軒は、范祖禹や胡寅の厳正さを認めつつ、行き過ぎて冷酷になる点を指摘し、司馬光の温和で穏当な評価を上に置きます。正しさが過ぎて人を切り捨てることの危うさを知る、成熟した判断の姿勢がうかがえます。

この章句が説くこと

史論正論寛厚評価

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