武士道 / 第三章 正義・赤穂四十七士に義の一字を冠す
人有難犬放、則知求之、有放心而不知求』と。吾人は爰に孟子の世を去る遠く、國を異にして生れ、『我は義の道なり、我によりて失はれたるものは見出さるべし』と說きたる大教師基督の譬喩の『鏡を以て見るごとく見ること昏然なる』面影を認め得べきに非ずや。アヽされど予は歧論に馳せたり。唯だ云はん、孟子の所謂義とは、即ち人の失ひたる樂園を恢復すべき、直くして且つ狹き道なりとし。封建の季世、武士は長時の泰平に馴れて、安逸遊惰の生活を樂しみ、從つて放肆懦弱に流れ、風流文雅に淫したりと雖此時に當りて尙ほ、義士たるの稱は、學術技藝に長ずるの名に優ること遠しとしたり。されば赤穗四十七士に冠するに、義の一字を以てして、士は之を欽慕し、其芳烈美名は、德教を維持するに、著大の効を有するに至れり。
新字:人有難犬放、則知求之、有放心而不知求』と。吾人は爰に孟子の世を去る遠く、国を異にして生れ、『我は義の道なり、我によりて失はれたるものは見出さるべし』と説きたる大教師基督の譬喩の『鏡を以て見るごとく見ること昏然なる』面影を認め得べきに非ずや。アヽされど予は歧論に馳せたり。唯だ云はん、孟子の所謂義とは、即ち人の失ひたる楽園を恢復すべき、直くして且つ狭き道なりとし。封建の季世、武士は長時の泰平に馴れて、安逸遊惰の生活を楽しみ、従つて放肆懦弱に流れ、風流文雅に淫したりと雖此時に当りて尚ほ、義士たるの称は、学術技芸に長ずるの名に優ること遠しとしたり。されば赤穗四十七士に冠するに、義の一字を以てして、士は之を欽慕し、其芳烈美名は、徳教を維持するに、著大の効を有するに至れり。
書き下し
『人、鶏犬を放つ有れば、則ち之を求むるを知る。放心有れども求むるを知らず』と。吾人はここに、孟子の世を去る遠く、国を異にして生れ、『我は義の道なり、我によりて失はれたるものは見出さるべし』と説きたる大教師基督の譬喩の『鏡を以て見るごとく見ること昏然なる』面影を認め得べきに非ずや。ああ、されど予は岐論に馳せたり。唯だ云はん、孟子の所謂義とは、即ち人の失ひたる楽園を恢復すべき、直くして且つ狭き道なりと。封建の季世、武士は長時の泰平に馴れて、安逸遊惰の生活を楽しみ、従つて放肆懦弱に流れ、風流文雅に淫したりと雖、此時に当りて、なお義士たるの称は、学術技芸に長ずるの名に優ること遠しとしたり。されば赤穂四十七士に冠するに、義の一字を以てして、士は之を欽慕し、其芳烈美名は、徳教を維持するに、著大の効を有するに至れり。
現代語訳
人は鶏や犬を逃がせばそれを探そうとするのに、心を放っておいても探そうとしない、と。私たちはここに、孟子の世から遠く離れ、国を異にして生まれ、私は義の道である、私によって失われたものは見つけられる、と説いた大いなる教師キリストのたとえ話の、鏡で見るようにおぼろげにしか見えない面影を認められるのではないでしょうか。ああ、しかし私は横道に逸れました。ただ言いましょう、孟子のいう義とは、人が失った楽園を取り戻すべき、真っすぐで狭い道だと。封建の末期、武士は長い平穏に慣れて安逸と怠惰の生活を楽しみ、したがって放縦で軟弱に流れ、風流や文雅に溺れました。それでもこのときにも、義士と呼ばれることは、学術や技芸に長じた名よりもはるかに勝るとされました。ですから赤穂四十七士に義の一字を冠して、武士はこれを慕い、その香り高い名声は、徳の教えを保つのに大きな効果を持つに至ったのです。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚同下今、此れ何ぞ人の上と為りて其の下を治むる能わず、人の下と為りて其の上に事うる能わざるや。則ち是れ上下相い殘なうなり。何の故を以て然るか。則ち義、同じからざればなり。若し茍くも義を同じくせざる者に黨有らば、上、若の人を以て善と為して、將に之を賞せんとするも、若の人は唯だ上の賞を得しめられて、百姓の毁を避く。是を以て善を為す者は、必ず未だ勸ましむ可からず、賞有るを見るとも。上、若の人を以て暴と為して、將に之を罰せんとするも、若の人は唯だ上の罰を得しめられて、百姓の譽を懷く。是を以て暴を為す者は、必ず未だ沮ましむ可からず、罰有るを見るとも。故に上の賞譽を訃るに、以て善を勸むるに足らず、其の毁罰を計るに、以て暴を沮むるに足らず。此れ何の故を以て
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「世俗の君子は、貧しくして之を富めりと謂えば則ち怒り、義無くして之を義有りと謂えば則ち喜ぶ。豈に悖らざらんや」と。
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『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂う、「之れ義を為すや、人、見ずして耶し、鬼、見ずして富ます。而るに子、之を為すは、狂疾有り」と。子墨子曰く、「今、子をして二臣を此に有らしめん。其の一人なる者は、子を見れば事に従い、子を見ざれば則ち事に従わず。其の一人なる者は、子を見るも亦た事に従い、子を見ざるも亦た事に従う。子、此の二人に於いて誰をか貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは其の我を見るも亦た事に従い、我を見ざるも亦た事に従う者を貴ばん」と。子墨子曰く、「然らば則ち是れ子も亦た狂疾有るを貴ぶなり」と。
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呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。
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論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
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呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。