慎思録 / 巻之四
衆人之爲人。與草木禽獸之爲物。其生則異。而其死則同。何則。衆人雖下愚。其生時亦皆有五品之交。四民之業。且有衣食之養。屋室之安。誠與禽獸不同。迨其既死也。一歸於腐壞。無德行之遺人。無令名之傳世。一時漸盡而無餘矣。與草木禽獸無異。爲人者。豈可不知恥之乎。如耻之。無如爲學。學而有得。則德澤功名流于後世而不滅。爲不虛生。此君子沒後所以異於衆人及禽獸草木也。
新字:衆人之為人。与草木禽獣之為物。其生則異。而其死則同。何則。衆人雖下愚。其生時亦皆有五品之交。四民之業。且有衣食之養。屋室之安。誠与禽獣不同。迨其既死也。一帰於腐壊。無徳行之遺人。無令名之伝世。一時漸尽而無余矣。与草木禽獣無異。為人者。豈可不知恥之乎。如耻之。無如為学。学而有得。則徳沢功名流于後世而不滅。為不虚生。此君子没後所以異於衆人及禽獣草木也。
書き下し
衆人の人為る、草木禽獣の物為ると、其の生けるときは則ち異なりて、其の死するときは則ち同じ。何となれば則ち、衆人は下愚なりと雖も、其の生ける時は亦た皆五品の交はり、四民の業有り。且つ衣食の養、屋室の安有り。誠に禽獣と同じからず。其の既に死するに迨んでは、一たび腐壊に帰し、徳行の人に遺す無く、令名の世に伝はる無く、一時に漸く尽きて余り無し。草木禽獣と異なること無し。人為る者、豈に之を恥づることを知らざるべけんや。如し之を恥ぢば、学を為すに如くは無し。学びて得る有れば、則ち徳沢功名後世に流れて滅びず、虚生せずと為す。此れ君子の没後、衆人及び禽獣草木に異なる所以なり。
現代語訳
普通の人が人であることと、草木や禽獣が物であることは、生きている間は違いますが、死ぬと同じになります。なぜかというと、普通の人は愚かであっても、生きている間はみな五つの人間関係があり、士農工商の仕事があり、衣食の養いと住まいの安らぎがあります。まことに禽獣とは違います。しかし死んでしまえば、ひとたび朽ち果て、人に残す徳行もなく、世に伝わる名声もなく、たちまち尽きて何も残りません。草木や禽獣と変わりがないのです。人である者が、これを恥じることを知らないでいられましょうか。もし恥じるなら、学問をするに越したことはありません。学んで得るものがあれば、徳の恵みや功績と名声が後世に流れて滅びず、むだに生きたことにはなりません。これが、君子が死後に普通の人や禽獣草木と異なるところです。
解説
この章句が説くこと
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