囲炉夜話 / 第百十六則・世人の取るべき者の多きを見れば德日に進む
能知往日所行之非,則學日進矣。 見世人之可取者多,則德日進矣。
新字:能知往日所行之非,則学日進矣。 見世人之可取者多,則徳日進矣。
書き下し
能く往日行ふ所の非を知れば、則ち學日に進む。 世人の取るべき者の多きを見れば、則ち德日に進む。
現代語訳
過去に自分がしたことの誤りに気づけるなら、学問は日ごとに進みます。世の人に見習うべき点が多いと見えるなら、徳は日ごとに進みます。
解説
学問と徳が日々伸びていく条件を、二つの見方として示した則です。前半は、昨日までの自分の誤りに気づけることが、学問が進んでいる証しだと言います。気づけるということは、見る目が高くなったということだからです。後半は、他人の中に見習うべき点が多く見えるようになれば、徳が進んでいる証しだと言います。論語述而篇の、三人行えば必ず我が師有り、に通じる考えです。前半は過去の自分を見る目、後半は周りの人を見る目で、どちらも自分を低くして学ぶ姿勢から生まれるという点でつながっています。今日でも、昔の自分の仕事を恥ずかしく思えるのは成長の証であり、他人の良さが目につくのは心が開いている証です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
学問徳謙虚改過修身
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