慎思録 / 巻之四
唐太宗自知神采爲臣下所畏。常温顏接群臣。導人使諫。且賞諫者以來之。篤信案。醍醐帝對群臣。常和顏色以待之。欲事之易奏也。是倭漢同日之談也。
新字:唐太宗自知神采為臣下所畏。常温顔接群臣。導人使諫。且賞諫者以来之。篤信案。醍醐帝対群臣。常和顔色以待之。欲事之易奏也。是倭漢同日之談也。
書き下し
唐の太宗、自ら神采の臣下の畏るる所と為るを知り、常に顔を温めて群臣に接し、人を導きて諫めしめ、且つ諫むる者を賞して以て之を来たす。篤信案ずるに、醍醐帝群臣に対して、常に顔色を和らげて以て之を待ち、事の奏し易からんことを欲す。是れ倭漢同日の談なり。
現代語訳
唐の太宗は、自分の威厳ある風貌が臣下に恐れられていることを知っていたので、いつも穏やかな顔で群臣に接し、人を導いて諫めさせ、さらに諫めた者を賞して、諫言が集まるようにしました。私、篤信が考えるに、醍醐天皇も群臣に対していつも顔色を和らげて接し、臣下が事を申し上げやすいようにされました。これは日本と中国で同じ話として並べて語ることができます。
解説
唐の太宗が威厳ある容貌を自覚して、臣下が萎縮しないよう常に和やかな顔で接し、諫言した者を賞したという話は『貞観政要』求諫篇に見えます。益軒はこれを、臣下が奏上しやすいよう顔色を和らげたという醍醐天皇の逸話と並べ、日中に共通する名君の心がけだと述べます。醍醐天皇の治世は後に「延喜の治」と称えられました。上に立つ人の表情ひとつで、部下が本音を言えるかどうかが決まるという教えは、心理的安全性が問われる現代の職場にもそのまま通じます。
この章句が説くこと
諫言君主寛容貞観政要和
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