韓非子 / 人主第五十二
昔關龍逄說桀而傷其四肢,王子比干諫紂而剖其心,子胥忠直夫差而誅於屬鏤。此三子者,爲人臣非不忠,而說非不當也,然不免於死亡之患者,主不察賢智之言,而蔽於不肖之患也。今人主非肯用法術之士,聽愚不肖之臣,則賢智之士孰敢當三子之危而進其智能者乎?此世之所以亂也。
新字:昔関竜逄説桀而傷其四肢,王子比干諫紂而剖其心,子胥忠直夫差而誅於属鏤。此三子者,為人臣非不忠,而説非不当也,然不免於死亡之患者,主不察賢智之言,而蔽於不肖之患也。今人主非肯用法術之士,聴愚不肖之臣,則賢智之士孰敢当三子之危而進其智能者乎?此世之所以乱也。
書き下し
昔關龍逄は桀に說きて其の四肢を傷つけられ、王子比干は紂を諫めて其の心を剖かれ、子胥は夫差に忠直にして屬鏤に誅せらる。此の三子なる者は、人臣と爲りて忠ならざるに非ず、而して說當らざるに非ざるなり、然り而して死亡の患を免れざる者は、主賢智の言を察せずして、不肖の患に蔽はるればなり。今人主肯へて法術の士を用ふるに非ずして、愚不肖の臣に聽けば、則ち賢智の士孰か敢へて三子の危に當りて其の智能を進むる者あらんや。此れ世の亂るる所以なり。
現代語訳
昔、関龍逄は夏の桀王を説いて手足を傷つけられ、王子比干は殷の紂王を諫めて心臓を切り裂かれ、伍子胥は呉王夫差に忠実で率直に仕えたのに、属鏤の剣で自害させられた。この三人は、臣下として忠実でなかったわけでも、説くことが当を得ていなかったわけでもない。それでも死を免れなかったのは、君主が賢く智恵ある者の言葉を見きわめず、不肖の者たちの害に目をふさがれていたからである。今、君主が進んで法術の士を用いず、愚かで不肖の臣の言うことを聞くなら、賢く智恵ある士の誰が、三人のような危険を冒してまで自分の智恵と能力を差し出そうとするだろうか。これが世の乱れる理由である。
解説
人主篇で、忠臣が殺された三つの有名な例を挙げ、君主の不明が賢者の口を閉ざさせると論じる一段です。関龍逄は夏の桀王に、比干は殷の紂王に諫言して殺され、伍子胥は呉王夫差に越への警戒を説いて自害を命じられました。いずれも暴君と忠臣の典型として古書に繰り返し現れる話です。韓非は、彼らが死んだのは忠が足りなかったからでも言葉が誤っていたからでもなく、君主が不肖の者の言葉に目をふさがれていたからだと言います。今の組織でも、率直な意見を言った人が冷遇されれば、以後誰も本当のことを言わなくなります。沈黙する組織の原因はトップにある、という教えです。
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