呂氏春秋 / 別類④
義,小為之則小有福,大為之則大有福。於禍則不然,小有之不若其亡也。射招者欲其中小也,射獸者欲其中大也。物固不必,安可推也?
新字:義,小為之則小有福,大為之則大有福。於禍則不然,小有之不若其亡也。射招者欲其中小也,射獣者欲其中大也。物固不必,安可推也?
書き下し
義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
現代語訳
義は、小さく行えば小さな福があり、大きく行えば大きな福がある。しかし禍については違い、少しでもあるより無いほうがよい。的を射る者はできるだけ小さな中心に当てたいと思い、獣を射る者はできるだけ大きなところに当てたいと思う。物事はもともと一定でない。どうして一律に推し量れようか。
解説
この段は、善(義)と禍、的当てと狩りを対比し、大小の望ましさが対象によって逆転することを示します。義は大きいほど福が大きく、禍は小さいほど、いや無いほどよい。的は小さく狙うのが上手で、獣は大きく当てるのがよい。背景には、一つの尺度で万事を測る画一的思考への批判があります。核心は「物固より必ならず」、すなわち一律の推論の否定です。現代でも、規模の拡大が常に善とは限らず、リスクは最小化を、成果は最大化を目指すなど、指標ごとに最適の方向は異なります。何でも大きく、何でも一様に、という発想を戒め、対象に応じて基準を切り替える柔軟さを促します。
この章句が説くこと
義禍射的大小一律の否定対象別の基準
関連する章句
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子の道は、すべき事を行ひ、すまじき事をせず。これ義なり。好むべき事を好み、好むまじき事を好まず。是善なり。君子の道はかくの如きのみ。是孟子の語意なり。一人の知は目のごとし。人の目はよく百里の外を見れども、わが睫を見がたし。人の智よく他人の悪を知れども、わが身の悪を知らず。人をみることは常に明なり。私なければなり。自ら見ることは常にくらし。私あればなり。ここを以て、人の過をせむる事はきびしく、わが悪をゆるす事はゆるやかなり。
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