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慎思録 / 巻之四

道者一也。隨其所指。而義各異。不可混雜。有天道。有人道。一陰一陽。之謂道。是所謂維天之命。於穆不已者。天之道也。在天曰命。是也。成之者性也。所謂乾道變化。各正性命。天命之謂性。是也。率性之謂道。此言在人之道。既有人性。而仁義禮智信五者備矣。而對父子。則有親之道。對君臣。則有義之道。對夫婦。則有別之道。對長幼。則有序之道。對朋友。則有信之道。非道自性出而何也。在天在人。固一理。而有先後本末之殊。不可渾而同之。葢陰陽流行者。在天之道。所謂道之本原自天出。是也。人倫事物當然之理。亦謂之道。是在人之道。自性而出者也。在天之道。自命而出。在人之道。自性而出。然在天在人。一道而已。

新字:道者一也。随其所指。而義各異。不可混雑。有天道。有人道。一陰一陽。之謂道。是所謂維天之命。於穆不已者。天之道也。在天曰命。是也。成之者性也。所謂乾道変化。各正性命。天命之謂性。是也。率性之謂道。此言在人之道。既有人性。而仁義礼智信五者備矣。而対父子。則有親之道。対君臣。則有義之道。対夫婦。則有別之道。対長幼。則有序之道。対朋友。則有信之道。非道自性出而何也。在天在人。固一理。而有先後本末之殊。不可渾而同之。葢陰陽流行者。在天之道。所謂道之本原自天出。是也。人倫事物当然之理。亦謂之道。是在人之道。自性而出者也。在天之道。自命而出。在人之道。自性而出。然在天在人。一道而已。

書き下し

道なる者は一なり。其の指す所に随ひて、義各異なる。混雑すべからず。天道有り、人道有り。一陰一陽、之を道と謂ふ。是れ所謂維れ天の命、於穆として已まざる者にして、天の道なり。天に在りては命と曰ふ、是れなり。之を成す者は性なり。所謂乾道変化して各性命を正しくす、天の命ずる之を性と謂ふ、是れなり。性に率ふ之を道と謂ふ。此れ人に在るの道を言ふ。既に人性有りて、仁義礼智信の五者備はる。而して父子に対しては則ち親の道有り、君臣に対しては則ち義の道有り、夫婦に対しては則ち別の道有り、長幼に対しては則ち序の道有り、朋友に対しては則ち信の道有り。道性より出づるに非ずして何ぞや。天に在ると人に在ると、固より一理にして、先後本末の殊有り。渾じて之を同じくすべからず。蓋し陰陽流行する者は、天に在るの道なり。所謂道の本原は天より出づ、是れなり。人倫事物当然の理も、亦た之を道と謂ふ。是れ人に在るの道にして、性よりして出づる者なり。天に在るの道は命より出で、人に在るの道は性より出づ。然れども天に在ると人に在ると、一道のみ。

現代語訳

道は一つですが、指すものによって意味がそれぞれ異なり、混同してはいけません。天の道があり、人の道があります。「一陰一陽、これを道という」、これは「ああ天の命は、深遠にして止まない」というもので、天の道です。「天にあっては命という」がこれです。「これを成すものは性である」、「天の道が変化して、それぞれの性命を正しくする」、「天が命じたものを性という」がこれです。「性に従うことを道という」、これは人にある道を言います。人の性があれば、仁・義・礼・智・信の五つが備わっています。そして父子には親しみの道があり、君臣には義の道があり、夫婦には区別の道があり、長幼には順序の道があり、友人には信の道があります。道が性から出るのでなくて何でしょうか。天にあるものと人にあるものは、もとより一つの理ですが、先と後、根本と末の違いがあります。混ぜて同じにしてはなりません。陰陽が流れめぐるのは天にある道で、「道の根源は天から出る」というのがこれです。人の間柄や物事のあるべき理もまた道と言います。これは人にある道で、性から出るものです。天にある道は命から出て、人にある道は性から出ます。しかし天にあるものと人にあるものは、一つの道なのです。

解説

天の道と人の道を区別しつつ、それが一つの道であることを説く条です。『詩経』周頌の「維天之命、於穆不已」、『易』乾卦彖伝の「乾道変化、各正性命」、『中庸』冒頭の「天命之謂性、率性之謂道」、『孟子』滕文公上の五倫がつながれ、「道の大原は天より出づ」は董仲舒の言葉です。天の道は命から、人の道は性から出るという整理は明快です。人間関係の親・義・別・序・信が、外から押しつけられた決まりではなく人の本性から出る道だという考えは、職場の人間関係を見直すときの手がかりになります。

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五倫仁義

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