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慎思録 / 巻之三

家禮曰。成服之日。主人及兄弟始食粥。本註云。五月三月者。飮酒食肉。愚案。喪大記曰。五月三月者。比葬食肉飮酒。開元禮亦曰。諸齊衰。三月既葬食肉。家禮謂。成服之日。五月者。飮酒食肉。未知其爲何據。

新字:家礼曰。成服之日。主人及兄弟始食粥。本註云。五月三月者。飲酒食肉。愚案。喪大記曰。五月三月者。比葬食肉飲酒。開元礼亦曰。諸斉衰。三月既葬食肉。家礼謂。成服之日。五月者。飲酒食肉。未知其為何拠。

書き下し

家礼に曰く、成服の日、主人及び兄弟始めて粥を食ふ、と。本註に云ふ、五月三月の者は、酒を飲み肉を食ふ、と。愚案ずるに、喪大記に曰く、五月三月の者は、葬に比びて肉を食ひ酒を飲む、と。開元礼にも亦曰く、諸々の斉衰三月は、既に葬りて肉を食ふ、と。家礼に謂ふ、成服の日、五月の者は、酒を飲み肉を食ふ、と。未だ其の何に拠るかを知らず。

現代語訳

『家礼』に「喪服を着る成服の日に、喪主と兄弟ははじめて粥を食べる」とあります。本注には「五か月・三か月の喪に服する者は、酒を飲み肉を食べる」とあります。私が考えるに、『礼記』喪大記には「五か月・三か月の者は、葬儀が済むころに肉を食べ酒を飲む」とあり、『開元礼』にも「斉衰三か月の者は、葬儀が済んでから肉を食べる」とあります。『家礼』が「成服の日に、五か月の者は酒を飲み肉を食べる」と言うのは、何に拠ったのか分かりません。

解説

朱子『家礼』の喪礼の注記と、『礼記』喪大記および唐の『大唐開元礼』の規定を比べて疑問を示した考証です。五月・三月は服喪期間の短い軽い喪で、いつから酒肉を許すかという細部に、益軒は典拠の食い違いを見いだしました。朱子を尊びながら、その記述をも古典に照らして検証する態度は、『大疑録』に通じる益軒の学問の誠実さを示しています。権威ある書物でも典拠を確かめるという姿勢は、今の調べものにもそのまま必要です。

この章句が説くこと

家礼喪礼考証典拠

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