慎思録 / 巻之三
母沒則父爲祭主。古之禮也。今也父不知祭禮。則其子可爲祭主。而祭其母乎。不然則不祭而廢子道。爲之如何。苟父不爲祭主。則於母神主。當書之如何。恐父在時。難書孝子某奉祀。二者請問于父。斟酌於時宜。惟可也。
新字:母没則父為祭主。古之礼也。今也父不知祭礼。則其子可為祭主。而祭其母乎。不然則不祭而廃子道。為之如何。苟父不為祭主。則於母神主。当書之如何。恐父在時。難書孝子某奉祀。二者請問于父。斟酌於時宜。惟可也。
書き下し
母没すれば則ち父祭主と為るは、古の礼なり。今や父祭礼を知らずんば、則ち其の子祭主と為りて、其の母を祭るべきか。然らずんば則ち祭らずして子道を廃す。之を為すこと如何。苟も父祭主と為らずんば、則ち母の神主に於て、当に之を書すること如何すべき。恐らくは父在す時、孝子某奉祀と書し難からん。二者請ふ父に問ひ、時宜を斟酌して、惟れ可なり。
現代語訳
母が亡くなれば父が祭りの主となるのが、古の礼です。今、父が祭礼を知らなければ、その子が祭りの主となって母を祭ってよいのでしょうか。そうしなければ、祭らないことで子としての道を廃することになります。どうすればよいでしょうか。もし父が祭りの主とならないなら、母の位牌にはどう書けばよいのでしょうか。おそらく父が存命の時に「孝子某奉祀」と書くのは難しいでしょう。この二つは父に相談し、時宜をよく考えて行うのがよいのです。
解説
朱子学の家礼では、妻の祭りは夫が主となり、子が「孝子某奉祀」と位牌に書くのは父の没後とされます。益軒は、父が儒礼を知らず祭らない当時の日本の家庭を想定し、子が母を祭る道と父を立てる礼の間の板挟みを問います。答えは、父に相談して時宜を斟酌せよという穏当なものです。原則を振りかざさず、家族の事情に合わせて礼を行う益軒の柔軟さがよく表れています。形式上の正しさと家族の気持ちの両方を大切にする判断は、今の法事や家族の行事にも通じます。
この章句が説くこと
祭祀孝家礼時宜家族
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