慎思録 / 巻之三
人之在世也。必有愛憎之私。是以有褒譽過實者。有猜忌爲寃者。所以人之毀譽。往往不當理者多矣。毀譽不可妄信。古人曰。公論百年而後定。又曰。要之死日。而後是非乃定。豈不然乎。己之毀譽於人亦然。夫人誠不易知。故知人。帝堯亦難之。况庸人乎。苟因一事一暫所見聞。輕毀譽於人。往往不中其實而不謬者鮮矣。是不知之大者。可恥之甚也。人豈可遽爲毀譽乎。
新字:人之在世也。必有愛憎之私。是以有褒誉過実者。有猜忌為冤者。所以人之毀誉。往往不当理者多矣。毀誉不可妄信。古人曰。公論百年而後定。又曰。要之死日。而後是非乃定。豈不然乎。己之毀誉於人亦然。夫人誠不易知。故知人。帝堯亦難之。況庸人乎。苟因一事一暫所見聞。軽毀誉於人。往往不中其実而不謬者鮮矣。是不知之大者。可恥之甚也。人豈可遽為毀誉乎。
書き下し
人の世に在るや、必ず愛憎の私有り。是を以て褒誉実に過ぐる者有り、猜忌寃を為す者有り。人の毀誉の、往往理に当たらざる者多き所以なり。毀誉は妄りに信ずべからず。古人曰く、公論は百年にして後に定まる、と。又曰く、之を要するに死する日にして、後是非乃ち定まる、と。豈に然らざらんや。己の人を毀誉するも亦然り。夫れ人は誠に知り易からず。故に人を知ることは、帝堯も之を難しとす。况んや庸人をや。苟も一事一暫の見聞する所に因りて、軽々しく人を毀誉せば、往往其の実に中らずして謬らざる者鮮し。是れ不知の大なる者にして、恥づべきの甚しきなり。人豈に遽かに毀誉を為すべけんや。
現代語訳
人が世にある限り、必ず愛憎の私情があります。それで実際以上に誉められる者もいれば、疑いねたまれて無実の罪を着せられる者もいます。人の毀誉がしばしば理に当たらないのはそのためです。毀誉はむやみに信じてはなりません。昔の人は「公の論は百年たってはじめて定まる」と言い、また「つまるところ死んだ日になってはじめて是非が定まる」と言いました。まさにそのとおりです。自分が人を毀誉するのも同じです。人はまことに知りがたいものです。だから人を知ることは堯帝でさえ難しいとしました。まして凡人はなおさらです。一つの事、わずかな間に見聞きしたことで軽々しく人を毀誉すれば、しばしば事実に当たらず、誤らないことは少ないのです。これは知らないことの大きなもので、恥ずべきことはなはだしいのです。どうして人をにわかに毀誉してよいでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』貴義子墨子曰く、今、士の身を用うるは、商人の一布を用うるの慎しみに若かざるなり。商人、一布を用うるに、敢えて茍くも繼ぎて讎らず、必ず良き者を擇ぶ。今、士の身を用うるは則ち然らず。意の欲する所は則ち之を為す。厚き者は刑罰に入り、薄き者は毁醜を被る。則ち士の身を用うるは、商人の一布を用うるの慎しみに若かざるなり。
-
『囲炉夜話』第六十八則・好事の人は必ず曉事の人に非ず古今の為す有るの士は、皆な輕がろしく為さざるの士なり。鄉黨の事を好むの人は、必ず事に曉るの人に非ず。
-
論語・為政篇子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
-
論語・述而篇子の慎む所は、斉・戦・疾なり。
-
『呻吟語』内篇・修身・再び一步を思へば更に好し事の心下に放ち得るに到るも、還た一たび慎むも何ぞ妨げん。言の來たりて口邊に向かふも、再び一步を思へば更に好し。
-
『酔古堂剣掃』集法・平地を履みて恐る君子は青天に對して懼れ、雷霆を聞きて驚かず。平地を履みて恐れ、風波を涉りて疑はず。