論語 / 為政篇
子張学干禄。子曰、多聞闕疑、慎言其余、則寡尤。多見闕殆、慎行其余、則寡悔。言寡尤、行寡悔、禄在其中矣。
書き下し
子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
現代語訳
子張が俸禄を得る方法を尋ねた。孔子は「多くを聞いて疑わしいことは避け、確かなことだけを慎重に語れば、過ちは少ない。多くを見て危ういことは避け、確かなことだけを慎重に行えば、後悔は少ない。言葉に過ちが少なく、行いに後悔が少なければ、報いはその中にある」と答えた。
解説
子張が官職や俸禄を得る方法を尋ねると、孔子は「多くのことを聞いて、疑わしい点は避け、確かなことだけを慎重に語れば、失敗は少ない。多くのことを見て、危ういところは避け、確かなことだけを慎重に行えば、後悔は少ない。言葉に失敗が少なく、行いに後悔が少なければ、そこに自然と報いが生まれる」と答えました。まず広く学び、聞き、見た上で、怪しいところや危ういところは口に出さず行わず、確かなことだけを選んで語り行うという教えです。これは仕事の評価や信頼を得る場面でも変わりません。あちこちから話を仕入れつつも、確信の持てないことは軽々しく口にせず、行動する前によく見極める。この慎重さの積み重ねが失敗を減らし、周りからの信頼や評価は、後から自然についてくるものです。
この章句が説くこと
慎重信頼報酬
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史記 范雎蔡沢列伝若し夫れ窮辱の事、死亡の患ひは、臣敢へて畏れざるなり。臣死して秦治まらば、是れ臣の死は生に賢れり」と。秦王跽きて曰く、「先生是れ何の言ぞや。夫れ秦国は辟遠にして、寡人は愚不肖なり。先生乃ち幸ひに辱くも此に至る、是れ天、寡人を以て先生を慁はしめて先王の宗廟を存せしむるなり。寡人命を先生に受くるを得るは、是れ天の先王を幸ひして、その孤を棄てざる所以なり。先生柰何ぞ是くの若く言ふや。事小大と無く、上は太后に及び、下は大臣に至るまで、願はくは先生悉く以て寡人に教へ、寡人を疑ふこと無かれ」と。范睢拝す、秦王もまた拝す。范睢曰く、「大王の国は、四塞以て固めと為す。北に甘泉・谷口有り、南は涇・渭を帯び、右は隴・蜀、左は関・阪、奮撃百万、戦車千乗。利あれば則ち出でて攻め、利あらざれば則ち入りて守る。此れ王者の地なり。民は私闘に怯にして公戦に勇なり、此れ王者の民なり。王、此の二者を并せてこれを有す。夫れ秦卒の勇、車騎の衆きを以て、以て諸侯を治むるは、譬へば韓盧を施ちて蹇兎を搏つが若し、霸王の業致すべきなり。而るに群臣その位に当たる莫し。今に至るまで関を閉づること十五年、敢へて兵を山東に窺はざる者は、是れ穣侯の秦の為に謀ること忠ならずして、大王の計に失ふ所有ればなり」と。秦王跽きて曰く、「寡人願はくは失計を聞かん」と。然れども左右竊かに聴く者多し、范睢恐れ、未だ敢へて内を言はず、先づ外事を言ひ、以て秦王の俯仰を観る。
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