囲炉夜話 / 第六十八則・好事の人は必ず曉事の人に非ず
古今有為之士,皆不輕為之士。鄉黨好事之人,必非曉事之人。
新字:古今有為之士,皆不軽為之士。郷党好事之人,必非暁事之人。
書き下し
古今の為す有るの士は、皆な輕がろしく為さざるの士なり。鄉黨の事を好むの人は、必ず事に曉るの人に非ず。
現代語訳
昔から今まで、事を成し遂げた人物は、みな軽々しく事をしない人物です。郷里で何にでも首を突っ込みたがる人は、きっと物事の道理が分かっている人ではありません。
解説
為す有ると軽々しく為す、好事と暁事という、似た言葉の違いを突いた対句です。大きなことを成し遂げた人は、実は軽々しく動かない人だと言います。慎重に構えるからこそ、動くときに成果が上がるのです。後半の好事は、何事にも口や手を出したがることで、暁事は、物事の筋道をよく分かっていることです。村の中で何にでも首を突っ込む人は、かえって事の道理が分かっていないとします。行動力と軽率さ、世話好きとお節介は紙一重です。何かに手を出す前に、それが本当に自分のすべきことかを見きわめる慎重さが、結局は大きな仕事につながると教えています。
この章句が説くこと
慎重軽率有為分別処世
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