慎思録 / 巻之三
爲君死節之人。皆厚葬。而賞祿其子孫。而存恤之。資賜及一族。令國人慕效。以死爲榮。是明主良將之所爲也。學者有眞好道而色莊者。有謙遜溫雅之氣象出于中心。而無隱顯之間者。且有居閨門之中。與在于公庭。其心事一般。而無異者。是可以爲眞君子。
新字:為君死節之人。皆厚葬。而賞禄其子孫。而存恤之。資賜及一族。令国人慕効。以死為栄。是明主良将之所為也。学者有真好道而色荘者。有謙遜温雅之気象出于中心。而無隠顕之間者。且有居閨門之中。与在于公庭。其心事一般。而無異者。是可以為真君子。
書き下し
君の為に死節するの人は、皆厚く葬りて、其の子孫に賞禄して、之を存恤し、資賜一族に及ぼし、国人をして慕効せしめ、死を以て栄と為さしむ。是れ明主良将の為す所なり。学者に真に道を好みて色荘なる者有り。謙遜温雅の気象中心より出でて、隠顕の間無き者有り。且つ閨門の中に居ると、公庭に在ると、其の心事一般にして、異なる無き者有り。是れ以て真の君子と為すべし。
現代語訳
主君のために節を守って死んだ人は、みな手厚く葬り、その子孫に褒美と禄を与えていたわり、恩賞を一族にまで及ぼし、国の人々が慕って見習い、死を栄誉と思うようにさせます。これが名君や良将のすることです。学ぶ者の中には、本当に道を好んで顔つきも慎み深い者がいます。謙遜で温和で上品な気風が心の底から出ていて、人目のある所とない所とで違いのない者がいます。また家の奥にいる時も公の場にいる時も、心の持ち方が同じで変わらない者がいます。こういう人こそ真の君子といえます。
解説
二つの話題が一条にまとめられています。前半は、忠節に死んだ者の遺族を厚く遇することが、名君良将の人心掌握の道だという兵学的な指摘です。後半は、真の君子とは人目の有無や公私の場で心が変わらない者だと述べます。「色荘」は『論語』先進篇で、外見だけ荘重な者を疑う文脈で使われますが、益軒は道を好む心が顔に現れる意に用いています。『中庸』の「慎独」に通じる、表裏のない人柄は、信頼される人の条件として今も変わりません。
この章句が説くこと
忠節君子慎独誠表裏
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