慎思録 / 巻之三
勤儉二者。治國保家之道也。怠奢二者。亡國破家之道也。葢勤業者。不怠惰以失時。儉用者。不奢侈以傷財。凡振古以來。家國之興也。無不由于勤儉者。其亡也。無不由于怠奢也者。
新字:勤倹二者。治国保家之道也。怠奢二者。亡国破家之道也。葢勤業者。不怠惰以失時。倹用者。不奢侈以傷財。凡振古以来。家国之興也。無不由于勤倹者。其亡也。無不由于怠奢也者。
書き下し
勤倹の二者は、国を治め家を保つの道なり。怠奢の二者は、国を亡ぼし家を破るの道なり。蓋し業を勤むる者は、怠惰して以て時を失はず。用を倹する者は、奢侈して以て財を傷らず。凡そ振古以来、家国の興るや、勤倹に由らざる者無く、其の亡ぶるや、怠奢に由らざる者無きなり。
現代語訳
勤勉と倹約の二つは、国を治め家を保つ道です。怠惰とぜいたくの二つは、国を亡ぼし家を破る道です。思うに、仕事に勤める者は怠けて時機を失うことがなく、費用を倹約する者はぜいたくで財を損なうことがありません。およそ昔から、家や国が興るときは勤倹によらないものはなく、亡びるときは怠奢によらないものはありません。
解説
勤と倹、怠と奢を対にして、家と国の興亡を一つの原理で説明した簡潔な一条です。『書経』大禹謨の「克く邦に勤め、克く家に倹なり」を思わせる言い方で、江戸時代の家訓や藩政の基本理念でもありました。益軒は勤を時を失わないこと、倹を財を傷らないことと定義し、時間と財という二つの資源の扱いにまとめています。個人の家計でも会社の経営でも、成長の時期に怠りと浪費が忍び込むと衰退が始まるという指摘は、今も変わらない教訓です。
この章句が説くこと
勤勉倹約家国興亡
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