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慎思録 / 巻之三

師尙父曰。以不仁得之。以不仁守之。必及其世。篤信謂。所謂及其世者。言一世而亡也。本邦豐臣氏之起。所謂以不仁得之。以不仁守之者也。故一世而亡。夫不仁則天怒人惡。故雖得必失之者。天意人心之所不與也。如足利尊氏之篡奪。固可謂以不仁得之也。然有寬宥容物之度。以不仁守之者。未至于如秀吉之甚。故其子孫綿綿。至十三世二百餘年。其間若存若亡。危亂不熄。是亦天人之所以不與也。

新字:師尚父曰。以不仁得之。以不仁守之。必及其世。篤信謂。所謂及其世者。言一世而亡也。本邦豊臣氏之起。所謂以不仁得之。以不仁守之者也。故一世而亡。夫不仁則天怒人悪。故雖得必失之者。天意人心之所不与也。如足利尊氏之篡奪。固可謂以不仁得之也。然有寛宥容物之度。以不仁守之者。未至于如秀吉之甚。故其子孫綿綿。至十三世二百余年。其間若存若亡。危乱不熄。是亦天人之所以不与也。

書き下し

師尚父曰く、不仁を以て之を得、不仁を以て之を守れば、必ず其の世に及ぶ、と。篤信謂ふ、所謂其の世に及ぶとは、一世にして亡ぶを言ふなり。本邦豊臣氏の起るは、所謂不仁を以て之を得、不仁を以て之を守る者なり。故に一世にして亡ぶ。夫れ不仁なれば則ち天怒り人悪む。故に得ると雖も必ず之を失ふ者は、天意人心の与せざる所なり。足利尊氏の簒奪の如きは、固より不仁を以て之を得と謂ふべし。然れども寛宥容物の度有り。不仁を以て之を守る者は、未だ秀吉の甚しきが如きに至らず。故に其の子孫綿綿として、十三世二百余年に至る。其の間存するが若く亡ぶるが若く、危乱熄まず。是れ亦天人の与せざる所以なり。

現代語訳

太公望(師尚父)は「不仁によって天下を得て、不仁によって守れば、必ずその一代で終わる」と言いました。私(篤信)が思うに、いわゆる「その世に及ぶ」とは、一代で亡びることを言うのです。わが国の豊臣氏が興ったのは、いわゆる不仁によって得て、不仁によって守ったものです。だから一代で亡びました。そもそも不仁であれば天は怒り人は憎みます。だから得ても必ず失うのは、天の意志と人の心が味方しないからです。足利尊氏の簒奪は、もちろん不仁によって得たといえます。しかし尊氏には人を寛大に許し受け入れる度量がありました。不仁によって守ったことは秀吉ほどひどくはありませんでした。だからその子孫は代々続き、十三代二百年あまりに至りました。その間、あるかなきかのありさまで危うい乱れが止みませんでした。これもまた天と人が味方しなかったためです。

解説

師尚父は太公望呂尚のことで、この言葉は『大戴礼記』武王践阼篇に見える周の武王への戒めです。益軒は、豊臣氏が一代で亡んだのは不仁で得て不仁で守ったからだとし、足利氏は寛容の度量があったので十三代続いたが、乱れは絶えなかったと論じます。徳川の治世下の黒田藩儒としての立場もにじむ評価ですが、得る手段と守る手段の両方が問われるという主張は明快です。強引な手段で成長した事業が長続きしないことは今もよく見られ、組織の持続性を考える視点になります。

この章句が説くこと

不仁天命人心治乱

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