慎思録 / 巻之三
漢儒無如董仲舒。唐儒無如韓退之。自孟子以來。至于五季。以儒名世者。不爲不多。而尊聖學正道術者。特此二人而已。如韓子。固不能無疵瑕。然不可以此掩其大體。左傳曰。吾不以一眚掩大德。斯言宜哉。凡論人如用材。不可以寸朽棄連抱之材。
新字:漢儒無如董仲舒。唐儒無如韓退之。自孟子以来。至于五季。以儒名世者。不為不多。而尊聖学正道術者。特此二人而已。如韓子。固不能無疵瑕。然不可以此掩其大体。左伝曰。吾不以一眚掩大徳。斯言宜哉。凡論人如用材。不可以寸朽棄連抱之材。
書き下し
漢儒は董仲舒に如くは無く、唐儒は韓退之に如くは無し。孟子より以来、五季に至るまで、儒を以て世に名ある者は、多からずと為さず。而して聖学を尊び道術を正す者は、特に此の二人のみ。韓子の如きは、固より疵瑕無きこと能はず。然れども此を以て其の大体を掩ふべからず。左伝に曰く、吾一青を以て大徳を掩はず、と。斯の言宜なるかな。凡そ人を論ずるは材を用ふるが如し。寸朽を以て連抱の材を棄つべからず。
現代語訳
漢の儒者では董仲舒に及ぶ者はなく、唐の儒者では韓愈(退之)に及ぶ者はいません。孟子以来、五代に至るまで、儒者として世に名を知られた者は少なくありません。しかし聖人の学問を尊び、道の術を正した者は、この二人だけです。韓愈にはもちろん欠点がないわけではありません。しかしそれで全体の大きさを覆い隠してはなりません。『左伝』に「私は一つの小さな過ちで大きな徳を覆わない」とあります。この言葉はもっともです。およそ人を論じるのは材木を用いるようなものです。一寸の朽ちた所があるからといって、ひと抱えもある大木を捨ててはなりません。
解説
董仲舒と韓愈を、孟子以後に聖学を守った二人として評価し、欠点で全体を否定するなと説きます。「一眚を以て大徳を掩はず」は『春秋左氏伝』僖公三十三年の語で、「寸朽を以て連抱の材を棄てず」は『資治通鑑』周紀で子思が衛侯に説いた比喩に拠ります。人材登用で小さな欠点にこだわって大きな長所を見逃すことは今も多く、人を評価するときに全体を見る大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
寛容評価人材大徳韓愈
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